(雑感です)
春爛漫
という言葉も好きですが、大昔、10代の頃に読んだ少女小説で使われていた、
絢爛の春
という言葉が忘れられません。
とりどりの花が一斉に咲く絢爛の春。
なんて美しい言葉だろう。
とか思っていたら、当の作者様がカクヨムで当時の代表作をセルフリメイクしてらした!わー!懐かしー!嬉しいー!
という雑感でした。日々是好日。
リンカーンの日常はほぼ判で押したように平穏だ。夜明けと共に起きだし朝の祈りを捧げ、ささやかな朝食を食べ、オンボロ教会の修繕や水汲みなんかをしながら時折やってくる信徒達の悩みを聞いたり簡単な治療をする。午後からは近隣の子供達の勉強を見てやったり教本を読んで過ごしたり、日が暮れば祈りを捧げ、賑やかだがただひたすら穏やかに日々を暮らしていた。だが。
(だと言うのにだ!)
ひょんな事から女大公、オルフェ・カーランド公と出会ってから日々の調律は狂いっぱなしだ。
『私はあなたが欲しいんだよ』
ついうっかりあの夜の底を這うような眼差しを思い出して、ボフンと火を吹きそうなほど顔を真っ赤にしたリンカーンは、慌てて頭の上で両手をバタバタと振った。
「悪霊退散悪霊退散!きえぇぇええっ!!」
時折思い出したようにふらりと茶をねだりに来る程度だったが、あの煌びやかな女大公は、産まれた時から孤児であり清貧を旨とする教会に育てられたリンカーンには充分な爆発物だった。
(道を踏みはずす前に拒絶せねば!そう!断固として!!)
だが今ではこうして瞑想の時間にすら(あくまで彼の頭の中で、だが)ひょっこり顔を出してくる始末である。
「あっ!?そういえばそろそろ説法の日だ、明後日辺り、アイツが来る頃じゃないか!?」
女大公の訪問は気まぐれではあるのだが、数をこなすうちにだいたいの訪いのタイミングを読み始めた勤勉な牧師である。人は学ぶ生き物なのだ。
「茶を用意しておかないと喧しいからな……仕方ない、買いに行ってくるか」
先月の寄進により幸いまだ懐は暖かい、出処はまあ…考えない事にする。別に茶など出さなくても「牧師殿には僅かな楽しみすら許されないのかい?」などと軽口を叩かれる程度なのだが、まさか天下の大貴族に何ももてなしをしない訳にもいくまい。大枚の寄進を叩いてくれる相手であるし。
「別に……がっかりした顔が見たくないから、なんて軟弱な理由じゃないからな!」
誰にともなく怒鳴り散らし、まさか悪霊呼ばわりした相手にほだされかけているとはつゆにも思わず、頭から湯気を立てながら買い物カゴを振り回し、かの大公のおん為に自ら茶葉の買い出しに向かうリンカーンであった。
(これからも、ずっと)
沈む夕日
雪解けの精霊、キャストペリンと会えるのは一年に一度、雪が溶ける頃、日が昇る間から日の落ちる間まで。
草原の灯火、草の露から生まれる妖精達、太陽と月の逢瀬、隣の谷で山羊が三つ子を産んた話、幼なじみの恋の話、村の大人しいおかみさんがろくでなしの旦那をついにぶちのめした話、これから向かうという北の国の話、空の上でそれらをたくさん聞いて、たくさん話して、話の尽きる頃に二人は再び日の落ちる草原に舞い降りる。
足の裏が牧草を踏みしめる。体の重みを感じてシーカシーナは無性に泣きたい気分になった。
「また来年、ね。」
「うん、また来年。待ってるからね」
「わかったよ、僕のそばかすさん」
待っててね、額と額を合わせて囁く友人に、シーカシーナは涙を止め、ぐいと唇の両端を上げて強気に笑う。
「もちろんよ。嫁に行かないでずっと待ってるから、絶対に来てね。わたしの大事なお友達」
「おっかないなぁ……」
困ったように笑って、でも、僕の事は忘れて嫁に行っていいんだよ、とは言わない友人にシーカシーナはふふんと笑いながら強く鼻息を吐いた。
君の目を見つめると
その日貧乏牧師のリンカーンは、お貴族様に口説かれていた。空高く晴れ村の子供達の笑い声が響く善き日、毎度の事である。寄進にかこつけ教会を訪った放蕩貴族のオルフェ・カーランドは、説法をねだり午後のお茶をねだり粘りに粘ってリンカーンを独占している。
(はよ帰れ、この変態貴族が)
寄進を断れないこの貧乏生活が憎い。
天井の雨漏り、軋む床、斜めに傾ぐ窓、冬の薪代、手炙りに使う炭に日々のパンにオイル代インク代、修繕箇所や支払いなどいくらでもある。
「本当にあなたは付け込みやすいなぁ」
「何だと」
このろくでもない日々はもう二年にもなる。
すなわちオルフェがお茶を飲みに来るようになって二年なのだが、絵に描いたような耽美で艶麗な貴族はこの清貧を謳うオンボロ教会に未だに馴染まず、みすぼらしい背景から浮きまくっている。
その浮いているお綺麗な貴族様は椅子から立ち上がり、蛇のような動きでリンカーンを壁際に追い詰める。逃げ場のない距離にリンカーンは冷や汗をかいた。
「戯れはよしてください、カーランド大公令嬢」
「間違うなよ。私は大公令嬢ではない、大公だ」
(うるせー!わざとだよ!)
貧乏の他に、リンカーンが強く出れない理由がふたつあった。オルフェ・カーランドが、このカーランド公国の押しも押されぬ大公殿下であること。同時に、この国中の娘達が夢に見るような麗しの貴族子弟としか思えない彼は、この国で最もどうしようもなく男装が似合う長身の子女だからだった。
「たまには貴族の子女らしい格好をしたらいかがですか、大公殿下」
「そうしたらあなたは私を見てくれるかな?」
「……また戯れを仰る」
「逃げないで」
(逃げるわい!)
リンカーンは心の中で絶叫した。
壁際に追い詰められ、顔の横に手をつかれ、口づけのような距離で囁かれて、リンカーンの心臓は今にも爆発しそうだ。
(なんて目で俺を見やがるんだ)
まるで夜の底を彷徨う蛇だ、毒の籠った、同時に欲情の熱で焦げた眼差しに胸を抑えていると、オルフェは艶めいた唇で悩ましげに呟いた。
「その顔やめてくれないか」
「何だと、」
「なんだか生娘を犯してる気分になる」
とんでもない台詞に先程までのときめきも忘れて、リンカーンは真っ赤になり、目をひん剥いて怒鳴り散らした。
「ふざけるなこのクソタラシめがーー!!!」
星空の下で
草原の夜明けの雫から産まれた命の幾つかは、空に昇って金銀の煌めきへと変わる。
ねぇまた夜の女王の元に太陽の大君が罷り越してるよ、大君のご寵愛は毎夜の事だよ、女王の腕の中は余程心地いいとみえる。フン、以前のように夜毎日毎でないだけマシだね、遠い昔は溺愛が過ぎて世界から昼がなくなっちゃったんだからさ。
星々の無邪気なさざめきに、古森の魔女は苦笑した。
「まったく、新しい子達はきらきらぴかぴかうるさくて慎みを知らないね」
「姑みたいな事を言ってやるなよ。嬉しいんだろ、空に昇れて、女王の裳裾に侍れてさ」
夜の女王の豪華な裳裾が翻る度に、星々は身体を震わせさんざめき、きらきらと地上へと金銀の砂子を零す。
古森の槐の木のてっぺんで、大きな壺を抱えたオーレンは夜空から零れる星砂を受け止めながら魔女に笑った。
「星が騒ぐからこうしてお前さんの薬の素も採れる、いい事じゃないか」
「まぁね」
星が騒ぐ夜に零れる星砂は魔女の秘薬のひとつになる、壺を槐の太い枝に括りつけてオーレンはヒシと幹に抱きつくアンジェリカに手を差し伸べる。
「一人で降りれるか?魔女どの」
「うん、…うん、無理かも」
「だろうな。まあそのために俺がいるんだ、存分に頼ってくれ」
槐の木のてっぺんでオーレンの太い腕に抱き止められて、奥手な魔女は女王の裳裾でさんざめく星々に負けないほど身体を震わせ、顔を真っ赤にした。