めしごん

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4/4/2024, 11:47:25 PM

それでいい



「リース飾り出来たぞ!」
「こっちにあと4つちょうだい」

小さな金色のベルともみの木の栞、それを針金入りの紐で括って、古い黒電話の受話器部分にキラキラしたリボンで結びつける。リボンの色は赤。

「世界中の子供からの願い事を聞く電話だ、慎重にな」

そうは言われたものの飾りを括らなければならない台数が多過ぎて、まるで戦場だった。
前準備してなさすぎ!隣の相方は鼻歌で「戦場のメリークリスマス」を歌っていた。あれ、案外余裕じゃない?

「終わったー!」
「やったー!おつかれ〜!」

重ねて括ったリボンが、彼女の振り上げた腕の勢いに負けて裾がなびく。
余った針金入りの紐と栞を片付けながら、うきうきと、

「あと開通はしなくて平気?終わった?帰っていい?」

終わらない作業の途中、括ってもらった髪がさらさらと肩を滑る。
纏めると目付き悪いのバレるからあんまヤなんだよね、と僅かに唇を尖らせる彼女に、髪を梳るリーダーは、ここにはそんなことでお前に文句言うやつなんていないぞ、と笑いながらヘアセットしていた。話聞けって思った。けど、纏め終わった髪を鏡に映して彼女が嬉しそうにしていたからそれが正解なんだろう。
すげー悔しいけど、もさっとした髪をすっきり上げた彼女は確かに可愛かった。

「開通は俺らでやる。これで作業は終わりだ、お疲れさん!」
「うひょー!終わりだーメリークリスマスー!」

まだ早いんだが。
クリスマス一か月前、そろそろ世界中の子供達の願い事が届く頃なのにまだ全然準備出来てないとコールセンター担当に泣きつかれてバイトに来たが、なかなか過酷な三日間だった。
やっぱり季節行事担当はブラックだな…納期短過ぎる。

「じゃー帰ろ!」
「ねぇ帰り一緒にどっか行こう、」
「え、」
「えーだってせっかく髪可愛くしてもらったし」
「……おう!」

リーダー、グッジョブ。感謝を込めてコールセンター担当リーダーを見ると、無表情のドヤ顔で力強く親指を立てながら頷きを返された。
……やっぱりこのバイトやって良かった!



(季節業者の俺と彼女、とバイトリーダー)


※先日見た夢の話

3/24/2024, 12:49:51 PM

ところにより雨


虹の根元に雨が降る。
古森ひとつを覆う灰色の雨垂れ雲を見上げながら、オーレン、元傭兵、今は農民の男は小さく笑った。

「ここが森でよかったな。こんなおかしな雨雲、国だったら面倒な事になるところだった」

「当代の雨降らしは仕事が雑だよね」

古森に住む魔女、黒い巻き毛のアンジェリカはモスリンの肩掛けをちょっと撫でて鉢植えを手に取る。しかし、嵌め込み窓の歪み硝子を叩く雨粒の勢いに、考え直したらしくまた元の位置に戻した。
この魔女の得意は薬草の育成と調合だ、部屋の大半を占める夥しい鉢植えの数々は、全てこの魔女の財産である。オーレンは時折この魔女の手伝いをして、小遣い稼ぎをしていた。

「今日の仕事、無駄になっちゃったかな」

この火吹き草の鉢植え全部外に出したかったんだけど。小さく呟くその手の鉢植え、赤く萌える火吹き草に水は天敵である、淡くため息を落とす魔女に、手伝いのため呼び出されたオーレンは、

「まぁ俺は、こういうのも悪くないと思うがね」

勝手知ったる台所で魔女のために珈琲を淹れてやりながら、にやりと笑った。
香る珈琲と雨粒と緑の匂いに、魔女は、そうだね、と俯きながら小さく囁く。
聞こえるか聞こえないかの囁きだったが、ゆるい巻き毛の隙間からほんのり薄紅に染まる魔女の耳朶を流し見て、今はそれで充分だとオーレンは満足した。

2/27/2024, 10:56:41 AM

現実逃避


(創作ではなく雑感です)

まさに今の状態ですね。
ちょっとメンタル壊してることもあって、年齢や、健康や、職場復帰や収入の事や両親・自分の老後の事。
現実が辛くて苦しくて常にうっすら生きてたくないな〜って思いが付きまとってるけど、想像の世界ではいくらでも羽ばたいて何処までも行けるから、頭の中の世界が無限に広がってる限り、私はまだ生きて行けそうな気がする。それに周りの人も想像してたよりずっと優しい。有り難い。
頑張らずにゆっくりと行けたらな〜と思います。
オチなし。

2/27/2024, 9:14:59 AM


シーカシーナは、村から少し離れた所に住む牛飼の娘である。そばかすが散る鼻ぺちゃと雨が降るとくしゃくしゃに絡まる赤毛のくせっ毛には毎朝鏡の前で手こずっているが、平凡ながらも光が入ると琥珀のように輝く茶色の目は、自分でも結構気に入っている。
今、自分のその茶色を琥珀へと変えたのは橙の髪の精霊だ、雪解けの精霊、キャストペリン。
見上げるシーカシーナの頭上、何もない所をぽん、ぽん、と綿菓子が弾けるように跳んで、キャストペリンはまるで体重を感じさせない様子でシーカシーナの目の前に着地する。
自分の身長より長い樫の杖をくるりと回し、山高帽を脱ぎ、貴族の若君のように気取った仕草で一礼した。橙色に輝く髪が、さらりと音を立てて肩を滑る。

「ぼくのそばかすさん、一年ぶりだね。元気だった?」
「元気よ。会いたかった!」

笑う友人に勢いよく飛びつけば、りぃんりぃんと高くなる鈴の音と共に二人は空へ舞い上がる。
浮遊感と耳元で風を切る音に、わくわくと琥珀の両目を煌めかせて、シーカシーナは自分を抱くキャストペリンを見上げた。

「さあ、一年ぶりの旅の話を聞いてくれるかい?ぼくのそばかすさん」
「待ってたわ、春告さん。あなたの話をどうぞ聞かせて」

見る見るうちにシーカシーナの素朴な家が遠くなる。彼女が住む村、隣村、幾多の住処が広がる広い草原にその向こうを流れる大河、水の流れを裳裾のように翻す巨大な山脈。広大な景色を一望出来る空の中、雪解けの精霊、今はシーカシーナの友人のキャストペリンは、とてもとても嬉しそうに笑った。



君は今(僕の/私の腕の中!)

2/25/2024, 1:18:55 PM

物憂げな空


生憎ながらその日は、朝からどんよりとした灰色の雲が空を厚く覆っていた。
本格的に雨が降り出す前にと牧場牛の乳を搾っていた娘は、ふと何かに気がついたように被り布に手を当てて、彼女の持つ奔放な巻き毛そっくりの仕草でぴょこんと顔を上げた。
何かを探すように細めた両目が、空から降り注ぐきらきらした橙の色彩を見つけてみるみる大きくなる。キャストペリンは虹よりもダイヤよりも尊いこの瞳の輝きを何よりも美しく思い、愛していた。娘は大きく両手を空に上げ、振り回す。

「おーい!春告さーん!」

つられて牛たちも空を見上げる。飼い主そっくりの動きに、キャストペリンも思わず笑った。

「今年もよろしくね、キャシー!」

曇天すら振り払う眩い笑顔のシーカシーナ、唯一無二の人間の友人に、キャストペリンも空から飛び降りながら、飛びっきりの笑顔を返す。


「会いたかったよ、ぼくのそばかすさん!」

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