たかなめんたい

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2/3/2026, 4:13:00 PM

『1000年先も』

1000年先の未来は一体どうなっているのだろうか。ガラリと世相が変わっているのか、それとも意外と変わっていなかったりするのか。全然想像できない。

SF映画のように車が空を飛び、銀色のスーツに身を包んだ人々が無機質な食事を摂っているかもしれない。あるいは、一度文明がリセットされ、緑に覆われた大地で素朴な暮らしが営まれているかもしれない。けれど、いくら頭を捻っても、それらはどこか他人事のような「空想」の域を出ないのだ。

ただ、ふと思う。1000年前の平安の世を生きた人たちも、私たちと同じように月を見上げて物思いにふけり、恋に悩み、季節の変わり目に心を揺らしていたはずだ。だとしたら、1000年後の未来人もまた、今の私たちが抱くような「やるせなさ」や「ささやかな喜び」を感じているのではないだろうか。

デバイスがスマートフォンから脳内チップに変わろうとも、移動手段がリニアから転送装置になろうとも、雨上がりの土の匂いに懐かしさを覚えたり、誰かの言葉に傷ついたりする心の働きだけは、そう簡単にアップデートされない気がする。

もしそうなら、少し安心できる。
1000年先の誰かも、今の私と同じように「書くこと」で心の中を整理しようとしているかもしれない。媒体が紙であれ、電子であれ、あるいは空中に浮かぶホログラムであれ、「何かを残したい」という衝動自体は、化石のように残り続けている気がしてならないのだ。

そう考えると、見えもしない未来が、急に少しだけ愛おしく思えてくる。1000年先も、誰かが今日と同じような夕暮れを見て、言葉を探していますように。

2/1/2026, 2:01:47 PM

『ブランコ』

 小さい頃のブランコはまるで空を飛んでるようだった。
 大人になった今では、長くなった足を地面につけないように、足を浮かせることに必死になっている。
 あの頃は、どれだけ気持ちよく、高く漕ぐかだったのに。

 いつからだろう。空の青さよりも、靴のつま先が泥で汚れないかばかりを気にするようになったのは。

 錆びついた鎖がきしむ音を聞きながら、私は小さく体を丸める。それはまるで、社会という枠からはみ出さないように、周囲と歩調を合わせるために自分を押し殺している、普段の私の姿そのものだ。
 高く漕げば漕ぐほど、視界が開けて風が気持ちよかったあの感覚。頂点に達した瞬間の、重力から解放されるような浮遊感。かつてはそこにあったはずの純粋なスリルは、いつの間にか「落ちたら危ない」「服が汚れる」という、つまらないリスク管理に取って代わられてしまった。

 地面を擦らないように必死に足を上げている今の私は、本当にこの時間を楽しめているのだろうか。

 私はふと、強張らせていた足の力を抜いてみた。
 ザッ、と乾いた音がして、スニーカーの底が砂を噛む。少し舞い上がった埃と、足裏に伝わる確かな摩擦の感触。
 減速してゆくブランコのリズムに身を委ねながら、私は苦笑する。地面に足がついたって、靴が少し汚れたって、どうということはないのだ。

 空を飛ぶような万能感はもう戻らないかもしれない。けれど、地面を蹴って自分の力で揺れることの心地よさを、大人の私は知っている。
 もう少しだけ、この揺れに身を任せてみようと思う。次は、縮こまった足をほんの少しだけ、空の方へ伸ばしてみるつもりだ。

2/1/2026, 5:58:16 AM

『旅路の果てに』

 もしも今、この瞬間に私の人生という名の旅が終わるとしたら、その「果て」には一体どんな景色が広がっているのだろうか。ふと、そんなことを考える夜がある。

 私の想像の中にある終着点は、どこか静かな海辺のような場所だ。波の音だけが響くその場所で、私はゆっくりと後ろを振り返る。そこには、これまで歩いてきた長く曲がりくねった道が、地平線の彼方まで続いている。
 道端に咲いていた名もなき花のような些細な喜びや、ぬかるみに足を取られて動けなくなった日の苦い記憶。当時は永遠に続くかのように思えた苦悩も、こうして「果て」から眺めてみれば、美しい景色の一部として溶け込んでいる。すべては、この場所にたどり着くために必要な一歩だったのだと、穏やかな気持ちで肯定できる気がする。

 ──けれど、ふと顔を上げれば、目の前にあるのは静かな海ではない。
 使い慣れたデスクと、明日の予定が書き込まれた手帳、そして中途半端に書きかけのレポートが散らばる、ありふれた現実だ。

 私はまだ、旅の途中にいる。

 想像したような「果て」は、今の私にはまだ遥か遠い場所にある。あるいは、そんな場所など存在せず、ただひたすらに歩き続けること自体が旅の本質なのかもしれない。

 ここから先に続く道は、濃い霧に覆われていてよく見えない。一寸先も見通せないその頼りなさに、足がすくむこともある。選んだ道が正しいのか、行き止まりではないのかという不安は、常に私の背中に張り付いている。
 しかし同時に、その霧の向こう側に、まだ見たことのない絶景が待っているかもしれないという期待も捨てきれないのだ。

 旅路の果てに何があるのか、今の私にはまだわからない。
 だからこそ、今はただ、この霧の中を手探りで、けれど確かな足取りで、また一歩踏み出してみようと思う。その答え合わせができるのは、まだまだ先の話だ。

1/28/2026, 3:19:37 PM

『街へ』

「ねぇねぇ、今度どこかに行かない?」と君は言った。
「えーどこに?」と僕が答えた。
「うーん街かな」と君は答えた。
「ずいぶんあやふやだね」と僕は言った。
「でもそれが良いじゃない」と君は言った。
「それなら、いつ行くの?」と僕は聞いた。
「今すぐに」と君は笑って、玄関にある僕のコートを放り投げた。

こうして僕たちは、具体的な目的地を持たないまま、休日の午後へと放り出された。
駅までの道のりで、君は上機嫌に鼻歌を歌っていた。僕はといえば、財布とスマートフォン、それに家の鍵しか持っていないポケットの軽さが、少しだけ心許なかった。「街」という言葉の響きは、あまりに広大で、雲をつかむような話だ。

「とりあえず、一番最初に来た電車に乗ろうよ」

改札の前で君が提案した。それはまるでルーレットのような決め方だったけれど、不思議と悪い気はしなかった。滑り込んできた銀色の車両に乗り込み、吊り革に掴まる。窓の外を流れる景色が、住宅街からビル群へと変わっていくにつれて、車内の密度も少しずつ濃くなっていった。

「ねえ、あそこで降りてみよう」

君が指差したのは、聞いたことはあるけれど、一度も降りたことのない駅だった。
電車を降りると、そこは確かに「街」だった。
行き交う人々の話し声、信号機の電子音。僕たちは人波に逆らわないように、ただゆっくりと歩いた。目的がないから、急ぐ必要もない。ショーウィンドウに映る服を眺めたり、古びた書店のワゴンセールを冷やかしたり、ただ目についたものに反応するだけだ。

「あやふやなのも、悪くないね」

交差点の真ん中で、信号待ちをしている時に僕が言うと、君は「でしょ?」と得意げに笑った。

「目的があると、それ以外のものが見えなくなっちゃうから。今日は、街そのものが目的なの」

青信号が点滅を始める。走り出した拍子に、ふとショーウィンドウのガラスに目が留まった。
そこには、少し息を切らして走る、僕一人の姿だけが映っていた。
僕は足を止めた。
背後で信号が赤に変わる音がする。
振り返ると、そこには誰もいなかった。いや、最初から誰もいなかったのだ。
隣を歩いていたはずの「君」は、陽炎のように揺らぎ、僕の胸の奥へと吸い込まれていく。

「なんだ、そういうことか」

僕は小さく呟いた。
「街へ行きたい」と言ったのも、「あやふやでいい」と笑ったのも、すべては僕自身の中にあった、普段は押し殺している小さな渇望だった。
あまりに退屈な休日に、心が勝手に「君」という話し相手を作り出して、僕を外へと連れ出したのだ。
雑踏の中で、僕は一人だった。
けれど、不思議と孤独ではなかった。
ポケットの中のスマートフォンが震えることもなく、誰かとの約束もない。
ただ、僕の行きたい場所へ行き、僕の見たいものを見る。

「さて、次はどこへ行こうか」

僕は心の中の「君」に問いかける。
返事はもう聞こえなかったけれど、足は自然と、裏路地の喫茶店の方へと向いていた。

1/18/2026, 3:53:52 PM

閉ざされた日記

引越しの最中、埃まみれのその日記は出てきた。錆びついた小さな錠前は、かつての私が誰にも見せたくなかった心の防壁だ。鍵はもうない。
壊して開けることもできたが、私は表紙の冷たさを確かめただけで、再び箱の底へと沈めた。そこには、今の私には眩しすぎる未熟な熱情が眠っているはずだ。封印された言葉たちは、誰の目にも触れず、記憶の中で美化されたまま朽ちていくのが、一番幸せなのかもしれない。

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