一年前の私は何をしていたか、と問われれば、まあ、遊んでいた。
受験生という肩書きは持っていた。持っていたが、それはちょうど棚の奥に仕舞われたままの辞書のようなもので、あることは確かだが、誰も手に取らない。私の勉強机は常に清潔だった。参考書を積んでいないのだから当然だが、その清潔さだけが、なぜか妙に誇らしかった。磨かれていない剣ほど錆びない、とでも思っていたのかもしれない。使っていないのだから当たり前だ。
友人と駄弁り、夜更かしをして、翌朝けろりとした顔で登校した。罪悪感が全くなかったとは言わない。あった。ただ、それはいつも夜の十一時ごろに訪れて、朝になると消えていた。そういう種類の罪悪感は、持っていないのと大差ない。
そうして迎えた合格通知は、いまでも少し腑に落ちない。不恰好というほかない。努力の神様とやらが、うっかり手違いで押印したとしか思えない。思えないが、まあ、結果は結果だ。あちらの事情は知らないが、こちらとしては受け取るしかない。
振り返れば、私の人生はいつもこの調子だ。力まず、焦らず、なんとなくで通り抜けてしまう。これを運と呼ぶのは少し癪で、才能と呼ぶのはもっと恥ずかしい。だから名前をつけないことにしている。名前をつければ、その実体と向き合わなければならなくなる。
ただ、ここに努力さえ伴えば、と思うことはある。努力があれば、と続けようとして、毎回そこで止まる。続きが怖いのか、面倒なのか、自分でもよくわからない。おそらく両方だろう。
私は自分のことが好きではない。うまく説明が難しいのだが、才能を持て余したまま消えていく人間を眺めるときの、あのやるせなさに少し似ている。自分に才能があるかどうかは、まあ、横に置いておくとして。ただ、なんとなく輝けるはずのものが、なんとなく曇ったままでいる。そういう感じ、とでも言おうか。
ああ、嫌だ嫌だ。でも今日も、それなりに生きている。
そういえば、この話はさらに一年前のことだ。今の私がどうかといえば、うん、訊かないでほしい。
『君と出逢って』
私は空が好きだ。
雲でまばらに色付いた、吸い込まれそうな空が好きだ。吸い込まれそう、と口に出すと少し怖くなってくるのだけれど、怖いのと気持ちいいのは案外、紙一重だと思っている。ジェットコースターもそうだし、初めて人前で歌ったときもそうだった。だから吸い込まれそうな空というのも、きっとあちら側に着地したら、大きい綿菓子みたいな雲が優しくそっと受け止めてくれるのではないか。抱きしめてくれる、という言い方でもいい。空というのは怖くない。あれは、途方もなくおおらかな何かだ。
ところで、と話を変えるようで変えないのだが。
私はずっと、自分が空好きな人間だと思って生きてきた。晴れた日には上を向いて歩くし、窓際の席が好きだし、飛行機に乗ると離陸の瞬間からずっと外を見る。なかなか筋金入りの空好きだと自負していた。俳句を詠むわけでも、気象予報士の資格を持つわけでもないが、空に関しては一家言ある、そういう人間として、これまでの人生をそれなりに誠実に生きてきた。
ただ、先日、少し困ったことが起きた。
あなたのことを考えていたら、空が目に入った。いや、順番が違うかもしれない。空を見ていたら、あなたのことを考えていた。どちらが先だったか、もはやわからない。鶏と卵の話をするつもりはないし、する気力もない。ただ、その瞬間に気がついてしまったのだ。なんとなく、うっすらと、でも確実に。
本題に入ろう。
私が空を好きなのは、あなたの瞳が空に似ているからだ。
言い訳をさせてほしい。空を好きになったのは先で、あなたと出会ったのは後だ。順序だけは守っている。だから私の空好きは本物だし、これまでの人生における空への誠実さも揺るがない。ただ、今はもう、空を見るたびに少しだけあなたを思う。吸い込まれそうになる。怖くて、でも怖くなくて、向こう側に着いたら抱きしめてもらえる気がする。
空というのは怖くない、と書いた。
撤回はしない。
『二人だけの秘密』
夏が本格的に腐り始めた頃の話。
堤防の端に並んで座って、二人とも足をぶらぶらさせていた。コンクリートは昼間の熱をまだ手放していなくて、太腿の裏がじんわりと焼けた。水面は夕日を受けてぎらぎらと光っていたが、少し沖に出たあたりだけ、妙に色が暗かった。透明度とは違う、何か密度のある暗さ。底のほうで何かが沈殿しているような。
「何? あれ」
あなたは顎でそちらを示した。わたしはしばらく目を細めて見ていたが、わからなかった。
「わかんない」
「そりゃそうか」
あなたは小さく笑って、鼻の頭を掻いた。サンダルの片方が脱げかけていたけれど、わたしは黙っていた。言わなくてもいいことを言うのが、どこかで怖かった。そういう夕方だった。
わたしたちはその暗がりを、名前で呼ばなかった。名前をつければ輪郭が固まる。輪郭が固まれば、触れることができる。それがいいことなのか、よくないことなのか、わたしにはまだわからない。触れれば割れるかもしれない。でも、触れられるなら、抱きしめることもできる。どちらかを選ぶのが怖かったのか、どちらでもよかったのか。あの夕暮れの中では、判断のつかないことがたくさんあった。
だから、沈んでいるものはそのまま、海の底に置いておくことにした。砂に少しずつ埋もれていく、形のない何か。言い出せないまま飲み込んだ言葉かもしれないし、大切にしすぎてひびの入ったものかもしれない。あるいは、まだひびも入っていない、ただ重くて沈んでしまったものかもしれない。
波が来るたびに、脚元でぱしゃりと水が割れた。規則的なようで少しずつずれていくリズムが、なぜか落ち着いた。波と波の間の、水が引いていく音がいちばん好きだった。どこかへ連れていかれる音ではなく、静かに戻っていく音。
「さむくない?」
「ちょっとだけ」
あなたは黙って、少し身を寄せた。肩が触れた。わたしは、割れなかった。
あの底に沈んでいるものが何なのか、今でもわからない。夢に見ることはあって、そのたびに違う形をしている。魚の骨のように細いときもあれば、錨ほど重そうなときもある。でも夢の中でも、わたしは潜ろうとしない。潜る勇気がないのか、潜らなくていいと思っているのか、それもよくわからない。
ただ、底に何かがある、とふたりで知っている。その事実だけが、ずっとある。
帰り道、コンビニの前で別れた。外灯の下で、あなたは一度振り返った。何か言おうとして、やめたみたいだった。言えばよかったのかもしれないし、言わなくてよかったのかもしれない。わたしにはわからない。でも、あなたが振り返ったことは、わかった。
それが、わたしたちの秘密の、輪郭だった。
『カラフル』
いちごは赤ければ赤いほどおいしいらしい。
そう言ったのは祖母だった。スーパーの果物売り場で、白いところの残った実をパックの隅に指でよけながら、「これはだめ」とだけ言った。説明はなかった。私は膝の高さで、うなずいた。
それから長いあいだ、色の濃いものを選ぶようになった。
トマトも、リンゴも、秋の写真も。迷いなく赤いものが正解で、曖昧な色は未熟のしるしだと思っていた。根拠というより、受け継いだ直感として。正しいかどうかを疑う前に、体がそう動くようになっていた。
転機は些細だった。
ある冬、温室育ちの苺を食べた。まだ白かった。色づきの足りない、祖母なら選ばないやつだ。ひとくち噛んだとき、思いがけなく甘かった。甘くて、少し酸っぱくて、温室の湿気みたいな何かがまだついていた。正しいとも、正しくないとも言えない甘さだった。言葉にしようとすると、するりと逃げていく。
そのあと私は、なんとなくパックの底のほうを選ぶようになった。日光が当たりすぎて少し柔らかくなったやつ、完璧な赤じゃないやつ。おいしいこともあるし、外れることもある。どちらの場合も、なぜか気分は悪くない。
祖母はもう果物売り場に来ない。私がひとりで選んでいる。赤くて、白くて、柔らかくて、少し傷んでいるやつを。それをカラフルと呼ぶのかどうか、まだわからないけれど、手のなかに収まるときの重さは、毎回少しちがう。
『楽園』
散らない桜。
沈まない太陽。
眠らない自分。
それを楽園と呼ぶなら、
私にはどうも、息苦しい。
夜が好きだ。
すべての輪郭が青く溶けて、
明日がまだ来ていない、あの時間。
散ることを知っている桜。
沈むと決まっている太陽。
眠らずにいられない自分。
そういうものの隣で、
ひっそりと息をしていたい。