「夢を見る少女のように」
ある日の真夜中のこと。突然バイクの走行音が部屋を駆け巡り目を覚ましてしまった。ふと窓を見ると開いたままであった。寝る直前、換気のために空けておいていたのをそのまま忘れて眠ってしまったようだった。
私は動きたがらない身体を無理矢理起こし、窓を閉めて床に就いた...はずだったのだが、どうも眠れない。どうやら頭の方は覚めてしまったらしく、潔く眠りにつく気はないようである。さて、どうしたものか。
仕方がないので、何かしら行動を起こして眠気を誘い出そうと一旦自室の椅子に座った。私の椅子の横には閉め忘れたやや大きめの窓があり、そこから月光が差して私を照らしていた。
「たまにはこういったのもいいものか」
そう考えていたが、私の頭の中では未だにバイクの音が響いていた。
ふと暗闇に同化しかかった掛け時計を見ると、うっすらではあるが針は午前二時を指しているのが見えた。街はもう完全に寝静まった頃だろう。先程のバイクは例外として、街はほんのり冷たい静寂に包まれていた。
私の住んでいる場所は郊外で、都心でなくても昼間になればバスやトラックなどの音で騒がしくなる。だが、それも打って変わって夜になると、私以外人間がいなくなったと感じられる程に静かになるのだ。何度か経験したはずであるが、どうも慣れることはなかった。
時に、郊外の空というのは素朴であると私は思う。よくテレビ等で見る空は満天の星々が主役を競い合うかの様に輝く。しかし、郊外という中途半端な場所では、夏になると大三角形、冬になるとオリオン座、その他少々、という程度で味気ないものである。だからこそ、月が映えるのだ。そんな素朴な夜空が私は好きなのだ。
少し前、近所の広い公園で少女たちがプリンセスや魔法使いなど、各々幻想的な夢を語り合っている場面をふと思い出した。だが、悲しいかな、そういった夢は私たちが成長するにつれて現実を直視し、気づけば意識しなくなる。
しかし、夢は消えでも根幹は消えない。夢は形をかえただけなのだ。昔、私たちが描いた夢は感動となって未来まで共にする。一生涯夢であった彼らは私たちに感動の手を差し伸べてくれる。夢が夢であり続ける必要はないのだ。
少しだけ懐かしい気持ちになったところで、私はあくびをした。色々と考えている内に落ち着いてきたようだ。明日も早い。また時間は過ぎ、夜がやってくる。今度はどんな顔を見せるのだろう。そんなことを考えながら、私は眠りに就いた。
了
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中の人の一言 「受験は悪夢」
「木漏れ日」
昼下がりの河川敷。雲一つない蒼い空。時折吹くやや強い風。当たり前だと思っていたことでも、こう意識してみると存外美しいものだと感じながら、一人、少し空を見上げながら歩いていた。
時期は春。多くの人が望んでいた季節が訪れ、多くの人々が運動に勤しんでいた。野球で軽快な音を響かせながら、ボールを遠くへ弾く音。それに伴うチームメイトであろう人々の歓喜の声。颯爽と走り抜けるスポーツバイクの軽く少し振動しているかのような音。そして、一歩一歩大地を踏みしめる砂利の音。どこか心に響くように感じられた。「自分は気づかぬうちに疲れていたのだろうか」そんなことを考えながら足を進めた。
そもそも、河川敷に散歩に来たのはただの思いつきで、座り仕事で疲れたとか、面倒な事が片付いたとか、そういったことも無く、ただ歩こうと、思いつきのまま行動に移したのである。しかし、思いつきにしてはいい物を得たと自分はそう感じている。普段の感動は身近にあったのだ。
その後、三十分程歩いただろうか、木々の生い茂った公園を見つけた。この時間帯、多少の子連れがいると思ったのだが全くの無人で、一休みするには丁度いいと、少しばかり休憩をとることにした。ベンチに腰を下ろし、空を見上げる。春とは言えど、日があまり当たらないと少し肌寒い。しかし、その肌寒さが却って眠気を誘った。昔は眠気など気にもとめなず、外ではしゃぎ遊んでいたのに、いつからこんなに怠惰になったのかと、内心ほくそえみながら自問自答していた。
嗚呼、いい加減意識を持つのも辛くなってきた。瞼に重みを感じるようになり、数分後に起きることを私は予期した。そして、目を細めた世界は、まるで宝石のように輝いていた。木漏れ日が私の瞳に入り込む。どこか懐かしいような、泣きたくなるような、とにかく不思議だった。その瞬間だけ、私は子供の頃に帰ったような、そんな感覚が全身に駆け巡った。そして、その木漏れ日は私を過去に連れていこうと私の体を包み込んだ。このまま夢へと向かう途中、少しだけ現実から逃げたくなった。
了
「春爛漫」
三月の終わり。それは一つの物語の終わりであると、私は時折思う。春になると人は変わる。良くも悪くも『春』に突き動かされるのだ。それが今生の別れであろうとも。
忘れもしない。共に最期を見届けると約束した妻が亡くなったのも春だった。その時の外の景色は、憎たらしいほどに見事に桜が咲いていたのをよく覚えている。
春は我々の運命を凝視している。その目が示すは悲愴で愉悦も含む到底理解不能なもの。しかし、彼らに同情の心は無い。彼らの仕事は見届けることただ一つ。私の思いも妻の死も直ぐに忘れて消えてしまう。
そんな桜も爛漫。何時ぞやの誰かが言っていた
『桜の木の下には屍体が埋まっている』
なんて言葉も言い得て妙だ。実際には埋まっていなくとも、間違いなく彼らは私たちを利用している。何が目的かは分からない。だが、それだけは確実に言えるのだ。
了
「もう二度と」
ゴールデンウィーク明けの五月中旬。世の中では『五月病』が毎年のようにトレンドに上がるが、私は有給をとって帰郷していた。帰郷といっても、都市圏の郊外で無機質な四角形の建物ばかり軒を連ねているが、それでも懐かしさが滲み出てきている。今では珍しい個人経営の本屋や幼い頃からあったインドカレー屋、そして家の近くにある千円カットなど、初日は街道沿いを歩き回った。
今回は贅沢にも平日五日間を休みにして合計九連休。いつぞやの十連休に匹敵する程の休日をゆったりと過ごすことが出来る。そんな周りとは違う優越感と故郷にいるが故の懐かしさに体を沈めていた。
夜になり、夕食や風呂を済ませて布団に入る。明日は何をするかを呑気に考える暇があることに大いに喜び、寝られる気配は無かった。そんな喜びに浸っている中、母校を見て回ろうと思い立った。そうだ、小中学校は歩いて直ぐの場所にあるのだからふらっと寄ってみよう。そう思い、興奮気味の自分を落ち着かせて眠ることにした。
翌日、身支度を早めに整えて昼前に出ることにした。久々の母校である。頭の中は空が余りにも青く輝いていたあの頃の思い出が蘇っていた。私の小学校では鶏を育てていて、私は飼育委員会に入っていた。最初は鶏に対して恐怖心があったが、六年に上がる頃には慣れていた。
中学校では科学部に所属していて、化学部という名称は名ばかりで、ずっと遊び呆けていた。定期的に賞味期限の切れた砂糖や、果たしていつ買ったのか忘れた重曹を使い、カルメ焼きを作ったりと、数多くの思い出を振り返りながら玄関の扉を開けた。
空は思い出に似た青く輝く空。それだけで私は十分に満たされた。その時だけは、私は子供に戻っていたのかもしれない。「とにかく懐かしい母校を一目見たい」と、気持ちが私の足を進ませる。
懐かしい通学路に思いを巡らせ歩いていると、ある工場の前で足が止まった。小学校の頃、投稿している時によく挨拶をしてくれた従業員のおじさんが務めていた工場だ。
「もしかしたらまだ居るのかもしれない」
そんな一縷の望みに賭けて工場内をちらっと見たが、おじさんは見当たらなかった。当時、既にかなり歳をとっていたため、退職していてもおかしくないだろう。そう自分に言い聞かせたが、少し心にモヤが残ってしまった。
気を取り直して小学校へと向かう。もう校門は目と鼻の先である。近づく度に足取りは軽くなる。そしてようやく着いた時、思わず立ち止まってしまった。校門のすぐ近くにあった飼育小屋が倉庫に変わっていたのだ。それは遠回しに小学生の頃に面倒を見ていた鶏の死を私に告げていた。
冷静に考えてみれば、私が入学した時から既に鶏は飼育小屋に住んでいたのだ。死んでいてもおかしくない。そう言い聞かせているのに、心のモヤはちっとも収まってくれない。一旦、小学校はここまでにして中学校に向かうことにした。
中学校は特になんの変化も無かった。ただ、小学校でも言える事だが、私の覚えている先生はもう誰一人としていなかった。校舎は変わらずとも中身が変わってしまったこの中学校は母校と呼べるのだろうか。私の心は叫んでいた。二度は無いと。
私は何かを諦めて家に帰ることにした。もう二度とあの頃の皆と集まり、語り合う日は来ないのかと。確かに同窓会で集まることはあるだろう。だが、私が求めているのはあの頃の私たちであり、今の私たちでは無い。こう思っているのは私だけだろうか。
私は、孤独なのだろうか...
了
「bye bye...」
なんだろう...暖かいものが私を包み込んでいる。そう思いながら穏やかな気持ちで目を覚ました。暖かいものの正体は、カーテンの隙間から木漏れ出た陽の光だった。外の明るさからしてもう昼だろうか。近くの工事現場も静かになっていた。
久々に、懐かしい人を夢で見た。二つ隣の家に住んでいた幼馴染の彼女の夢を。あと何度でも一緒に遊んでいたかったあの時を。もう二度と叶わない夢を私は必死に想像していた。
「無駄な事を」
そんなことは私自身が一番分かってる。もう彼女はこの世にいない。私は間違いなくこの目で見たのだ。彼女の呆気ない死に様を。
通学路で一緒に歩いている時だった。遠目で君を捉えた時、声を掛けようと走り出した。その時だった。君はトラックに轢かれたのは。その瞬間、私の世界はスローモーションになったかのように時の進みが遅くなった。
何が起きた?
君は確かにあの横断歩道を歩いていたはずだ。ならば、君は何処へ行った?
何が起きた?
周りの人の悲鳴が聞こえる。一体、何を見て叫んでいるのだろうか。
何が起きた?
アスファルトで舗装された道が鮮やかな赤で染まっている。
何が起きた?
「もう疲れた。今日は帰ろう」
その後の夜を、私は覚えていない。私の記憶が再び動き始めたのは、その翌日の全校集会だった。舞台に立った校長先生が君の死を語っているのを、私含め全校の皆が余りにも冷静に聞いていた。
そこから半年...いや一年程か?何事にも意欲を示さず、無機質な人間に成り果てている私がいた。あれだけ長い間一緒にいて、休日も二人で遊びに行っていた仲であったのに、君の声を思い出せなくなっていた。君との記憶は削除されてゆくのに、私の心の喪失感はちっとも癒えない。私は前を見るのも怖くなった。
そのまま、気づけば高校も卒業してしまった。もう、君は私の隣にいない。ここからは本当のひとりぼっち。だから、夢の中で言われた君の言葉に答えなければならない。
「さようなら」と...
了
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前回のお話の続きのつもりです。
もしよければ読んでみてね☆