「木漏れ日」
昼下がりの河川敷。雲一つない蒼い空。時折吹くやや強い風。当たり前だと思っていたことでも、こう意識してみると存外美しいものだと感じながら、一人、少し空を見上げながら歩いていた。
時期は春。多くの人が望んでいた季節が訪れ、多くの人々が運動に勤しんでいた。野球で軽快な音を響かせながら、ボールを遠くへ弾く音。それに伴うチームメイトであろう人々の歓喜の声。颯爽と走り抜けるスポーツバイクの軽く少し振動しているかのような音。そして、一歩一歩大地を踏みしめる砂利の音。どこか心に響くように感じられた。「自分は気づかぬうちに疲れていたのだろうか」そんなことを考えながら足を進めた。
そもそも、河川敷に散歩に来たのはただの思いつきで、座り仕事で疲れたとか、面倒な事が片付いたとか、そういったことも無く、ただ歩こうと、思いつきのまま行動に移したのである。しかし、思いつきにしてはいい物を得たと自分はそう感じている。普段の感動は身近にあったのだ。
その後、三十分程歩いただろうか、木々の生い茂った公園を見つけた。この時間帯、多少の子連れがいると思ったのだが全くの無人で、一休みするには丁度いいと、少しばかり休憩をとることにした。ベンチに腰を下ろし、空を見上げる。春とは言えど、日があまり当たらないと少し肌寒い。しかし、その肌寒さが却って眠気を誘った。昔は眠気など気にもとめなず、外ではしゃぎ遊んでいたのに、いつからこんなに怠惰になったのかと、内心ほくそえみながら自問自答していた。
嗚呼、いい加減意識を持つのも辛くなってきた。瞼に重みを感じるようになり、数分後に起きることを私は予期した。そして、目を細めた世界は、まるで宝石のように輝いていた。木漏れ日が私の瞳に入り込む。どこか懐かしいような、泣きたくなるような、とにかく不思議だった。その瞬間だけ、私は子供の頃に帰ったような、そんな感覚が全身に駆け巡った。そして、その木漏れ日は私を過去に連れていこうと私の体を包み込んだ。このまま夢へと向かう途中、少しだけ現実から逃げたくなった。
了
5/7/2025, 12:11:53 PM