「そっちの調子はどう」
「いつも通りいい感じ〜。何も変わんない」
今日も今日とて同僚と話す。話す、と言うか脳内通信みたいなものだが。こうやって色んな惑星を見ていると、我々が住んでる場所はどうやら暑すぎるらしい。
「地球の人達暑さに慣れないよね。こんな長く住んでるのに」
「昔は暑くなかったんじゃないっけ」
「そうなんだ」
「興味無いでしょ」
「ない」
興味無い、だって絶対会う事もないし会いに行く事もない。我々太陽がないと凍え死んでしまう癖に、暑いだのなんだの文句ばかり。
「あれらしいよ、50億年後くらいには我々太陽が地球呑み込むらしいよ」
「何それ、よく分からん」
「あとあれ、今46億歳だから50億年後には燃え尽きるとかも言われてるよね」
「……終わりが来るってこと?」
「要はそうらしい」
「……ふーん」
「興味無いでしょ」
「……まぁその頃には自分死んでるからね」
我々の寿命は1億年。今もう既に半分生きてるから、関係ない。関係ないけど少し気になる。太陽が燃え尽きて全てが真っ暗になる瞬間。
「……真っ暗になった外は、見てみたいかも」
「珍しい、普段興味無いしか言わないのに」
「全部が消滅した外、見てみたくない?」
光を失った外は暗闇に呑み込まれる。太陽がなければ生きられない。暗くて、寒くて、絶望して……そんな外の住人達を見てみたい、なんて。
「……急にニヤニヤして何」
「いや、外の住人も頑張ってるんだなぁと思って」
「……よく分かんないわ」
通信していた相手は呆れ顔で去っていった。地球の住人達を眺める。光が消えた時の恐怖と絶望を想像してまた口元が緩んだ。
『太陽』
鐘の音が鳴り響く。窓から飛び去ろうとする彼に声をかけた。
「いつか貴方の元で学びたいです!」
「…………10年後の満月の日。ここで待ってろ」
華麗なるワザによって、服に飛び散り咲いた赤い薔薇。目の前で親がいなくなった事よりも、魅了されてしまった心は止められない。
その日から人生の世界が変わった。何事も平均だった自分が嘘のようだ。努力し、挑戦し、失敗し、成長する。あの日見た彼の姿だけを目標にして。
鐘の音がなる度に思い出す。あの姿を、あの感動を、あの高揚を。
この仕事も慣れてきた。今日も完璧に任務をこなし窓から立ち去ろうとすると、子供に呼び止められた。
「あの!」
「…………」
「いつか貴方の元に置いてください!」
その姿は昔の自分と重なっていた。感動と好奇心が混ざりあって二度とない胸の高鳴りを感じたあの瞬間。無意識に自分の口角が緩くなる。
「……10年後、鐘の鳴る夜、またここで会おう」
「……!はい!!」
鐘の音が鳴り響く。ふわりと少年に微笑むと、窓から飛び去った。
『鐘の音』
「……ただいま」
「おかえり」
「うん」
「……おいで」
「……ん」
疲れきった表情で帰宅した𓏸𓏸を、玄関でぎゅっと抱きしめる。いつもなら恥ずかしそうに抱きついてくるのに、今日は項垂れるかの如くぐったりとしている。
「お疲れ様」
「……ん」
「お風呂湧いてるから、入っておいで」
「……ん」
拙い足取りで脱衣所へ向かう𓏸𓏸が今にも倒れそうで、支えて一旦ソファに座らせる。
「何あったん」
「……なんも無い」
「……そか」
言って欲しい、けれど無理に言わせるのも違う気がして引き下がる。濡れたタオルで体を拭いてあげようと立ち上がろうとすると、𓏸𓏸に服を軽く引っ張られた。しゃがんで目線を合わせる。
「……つまらん事やけど」
「うん」
「……ちょっと、嫌なことあった」
「そっか、言ってくれてありがと」
「……うん」
たまには沢山甘えて、1日丸々ゆっくりと休んで欲しい。無理だと分かっていても願うくらいならしてもいいだろう。
「何でも言ってな。食べたお菓子の事でもいいから」
「……ふっ、なんそれ」
少し笑ってくれた𓏸𓏸が可愛くて思わず頭を撫でた。
『つまらないことでも』
落ち着いて聞いてください。貴方が目覚めるまでに……。
その辺にいる至って普通の高校生。超能力に目覚める訳でも、異世界に転生する訳でもなく只々普通の高校生生活を送っている。
ただ1つ、他の人と少し違う事があるとすれば。
「今日の調子はどうですか?」
事故ったーー!!!完全に事故をした。自分のミスで。調子乗って下り坂で飛ばすからこうなるんだと再度自分を戒める。全治1ヶ月。いや無駄に長いしダサい。自分で下り坂調子乗って1ヶ月なんてダサすぎる。
「元気です……」
「それは良かったです。安静にして下さいね」
笑顔が怖いよ看護婦さん。ごめんて、忙しいのにしょーもない怪我のやつがいてごめんやん。今日もめっちゃ緊急患者きてたよね、ごめんね。
……なんて、爆速謝罪を心の中でしつつ看護婦さんに会釈する。やる事もないし暇だし、のんびり寝るかとふかふかのベッドに身を預けた。
「スゥ……おはようございます!!!」
「……っ、う"ぁぁ!!」
とんでもない爆音の声で飛び上がって目が覚める。目に入ってきた景色は全く知らない世界。辺り一面砂漠で、でも気温は寒くて、空は灰色に濁っている。
これは……流行りの異世界転生ってやつなのでは?
「落ち着いて聞いてください。貴方が目覚めるまでに、5000年経過しました。ここは5000年後の元いた場所です」
「……へ?」
「こんな世界にならない為に、私と頑張りましょう」
「……いや貴方誰?」
「ここに来る前、神にお告げを貰いました。勇者となって世界を救えと」
「…………はぁ」
え、俺……俺、ただのモブキャラかよ?!この目覚め方は勇者ポジじゃないの?!?!
「共に頑張りましょう!」
手を取ってぶんぶんと握手をされる。そんな光景をポカンと見つめるしかなかった。
『目が覚めるまでに』
心地良い空調が効いている病室、今日も窓から外の世界を除く。
青く晴れた空に行き交いする様々な車、下校中の子供、急いで走り去るサラリーマン、グッズに身を包んだ大人、楽しそうに会話している学生達……。
生きている唯一の楽しみがこの時間だった。世界は広く、そして眩しい。この狭苦しい部屋から飛び出して、この足であの道を歩いてみたい。
「𓏸𓏸さん、入りますよー」
数回ノックの音がして、扉の開く音がした。音のした方を見て、ぺこりと会釈する。
「今日もありがとうねぇ」
「いえいえ、体調はどう?」
「良くも悪くも、何も変わらないさ」
「変わらないか……𓏸𓏸さん、一緒に頑張ろうね」
「あぁ」
「今日もちょっと歩こうか、手握るよ」
「よろしく頼む」
手に温もりを感じつつ、ゆっくり立ち上がる。足の感覚だけで地面を把握するのももう慣れてしまった。
「明後日は手術だね」
「もうそんな日数が経っていたか」
「先生に任せておけば大丈夫だからね」
「うむ。信頼している」
また、私に昔見えていた世界を見せてくれ。
『病室』