世界を救うヒーローになりたい。
そんな馬鹿げた夢を真剣に追いかけていたのはいつの事だろうか。何度やり直しても僕にはヒーローなんてなれやしない。
「ほんとに大丈夫?」
「大丈夫だから、ね?」
「何かあったら僕にすぐ言って」
「わかった」
その言葉が君の最後の声だった。あの時無理やりにでも引き止めれば良かった?あの時待って、って言えばよかった?
あの時に戻りたい、なんて無責任な事言わないから、
君と出会わない世界に連れて行って。
『もしもタイムマシンがあったなら』
どさり、と𓏸𓏸の背中がベッドに触れる。上には××が馬乗りになっていて、両手は彼の熱い手でぎゅっと握られている。
「逃げへんの」
「……うん」
「𓏸𓏸」
彼の吐息が耳元で溶けて、手も舌も絡みあっていく。2人の左薬指にはそれぞれ違う形の指輪が嵌められていて、恨めしそうにきらりと光った。
「……これ、要らんやろ」
「今だけはいらない」
「ん」
指輪を外してもう一度舌を絡ませ合う。求めてはいけないと分かっているのに、どうしても欲しい。
「……もっと、」
「急かさんでも時間あるから」
「××……」
「その先は言ったあかん約束やろ」
「……うん」
君からの愛情が、欲しい。
『今1番欲しいもの』
どんな時も、誰に対しても、
「𓏸𓏸さんこれしといて」
「分かりました!」
いつ何を要求されたとしても、
「𓏸𓏸ちゃん、今夜だけ、な?」
「……いいですよ」
絶対に自我を出すな。そうやって生きていたら、“自我”が何か分からなくなっていた。
𓏸𓏸って奴の第一印象は自我を絶対出さない人だと思ってた。でもそうじゃなくて。もっと話したい、もっと一緒にいたい、そう思って話せば話す程どこか不安定で心配になる。
「何したい?」
「何でもいいよ!」
返ってくるのは何でもいいと言う返答ばかり。少しづつでいいから、いつか𓏸𓏸自身を全部見せて欲しい……なんて、我儘すぎるだろうか。
「だから、𓏸𓏸が俺としたい事は?って聞いてる」
「何でもいいって言ってるじゃん」
「じゃあ遊園地と水族館どっちがいい」
「××の好きな方」
「……俺は𓏸𓏸に聞いてるんだけど」
「…………どっちでもいい」
「……自分の意見、言いたくない理由は?」
「……自分が全部合わせれば、上手くいく」
「…………なるほど?」
「自分が、全部我慢すれば、……我慢、すれば……」
「𓏸𓏸」
「……何」
「俺にくらい、したい事言ってもいいじゃん。俺しかここにいないんだから」
「…………私の、したい事」
「うん。何したい?」
「私、は……」
「ゆっくりでいいから」
「…………名前」
「名前?」
「名前、いっぱい呼んで欲しい……」
「……可愛い、おいで𓏸𓏸」
「……ん」
いつか自分から我儘言える様になるまで、言える様になってからも、ずっと名前呼んでやるから。だから、
ずっと側にいて。
『私の名前』
軽やかに切られていくカードを見つめる。表向きはクルーズ船の華やかなカジノだが、賭けているのは所詮ハッピーターン……つまるところキまる薬なのだ。
ブラックジャック。21に近い数字にすれば勝ち、ただそれだけのカードゲーム。
ディーラーがカードを配る。俺の手札は9。
「ディーラー、今日の調子は」
「……3勝0敗です」
「随分と価値の高いハッピーターンだな」
「……皆さんの賭けが下手なだけですよ」
ディーラーのカードは7。ここは安直にダブルダウン……なんてのは二流のやることだ。
「……ヒット」
「珍しくダブルダウンじゃないんですね」
「俺はカードがちゃんと見えてるからな」
「……そうですか」
手札にきたのはK(キング)。これで合計が19。ゆっくりとディーラーの目を見つめる。
「……もう1枚」
「……承知しました」
手元に来たのは……ハートの2。
「ブラックジャック。ご馳走さん」
「……流石ですね。ではこちら約束の品です」
丁寧に包装された袋とチップがそっと差し出される。乱雑に袋とチップを取り、次の台をロックオン。
……あのディーラーの手先、カードがよめそうだ。
『視線の先には』
違う。
脳みそが溶ける。私だけ違う。
真っ黒に見える世界と、血なまぐさい匂い。
「ごめんなさい」
そう呟いた。返答はなく。
「ごめんね」
私は悪くない。そう思ったけれど一応謝ってみた。
もちろん返答はなく。
指をさして皆がこっちを見ている。私は何も悪くない。
私だけ、
私、だけ。
人間じゃないからって、攻撃してこないで。
『私だけ』