昔は人間だった、気がする。
交差点で信号無視の車から誰かを守って、それから……それから、記憶が無い。
初めの頃は人間だった記憶がこびり付いていたのに、今では年齢どころか性別すらも思い出せなくなってしまった。
「行くよ𓏸𓏸!」
まぁいいか。何も思い出せなくなったとしても、今いるここが居場所だから。
「ワン!」
元気よくご主人様に返事をした。
『遠い日の記憶』
嫌な程真っ青な青空を見上げる。人の耐えない交差点に、光り続ける電光掲示板。色んな音が溢れかえって我先にと主張している。
今日は確か午前9時に駅で待ち合わせしていたはず。この後電車に乗って池袋に行く予定なんだ。そのままショッピングして、ホテルにチェックインして……。
ゆっくりと瞼をあげる。そこにはどんよりとした真っ暗な空と、無邪気に飛び回る無数の戦闘機。
ふとなんで僕はまだ生きてるんだろう、なんて考えた。
『空を見上げて心に浮かんだこと』
「終わりにしよう」
少年はそう呟いた。右手に握られている剣はしっかりと少女の首元を捉えている。
「私を殺したところで何も変わらない」
「……それでも、僕は君を止める」
「…………そう」
東京だった筈のこの場所は今、ビルが崩れ炎が燃え盛り、川や線路にヒトだったモノの死骸が転がっている。
「私はただの捨て駒。この地球と共に滅ぶ為だけに生まれてきた存在。私が死ぬ時はこの世界が無くなる時」
「それでも、僕らの街を……この日本を、壊したのは君だ。同胞達を置いて生き残ってしまったのも僕だけだ。僕は君を終わらせる義務がある」
「もうこの世界が滅ぶのも時間の問題。抵抗なんてしない」
「……悲しくないのか?」
「…………かなしい?」
「使い捨てられて、悲しくないのか?悔しくないのか?」
「……私はこの為だけに生まれてきた。だから分からない」
「…………君にも見てもらいたかったよ。この世界の素晴らしさを」
「どうせいつか消える世界なのに?」
「……それでも、僕らの街を紹介したかった。何も知らない君に知ってほしかった」
「…………そんな感情は分からない」
「……ぐだぐだ喋ってごめんね」
少年が右手に力を入れる。少年の頬を伝う液体が何なのか少女が問いかける前に世界は美しく塵となった。
『終わりにしよう』
ぎゅ、と手を握る。ビリリと手元に来る感覚。灰色の細長い腕を掴んで、この世の単語では無い何かで話しかける。
物体が頷いた。我々の意思が届く。
“共に行きましょう、人類”
「はい、この世界はもう終わりですから」
“やり残した事は”
「いいえ、何も」
“では行きましょう。さぁ”
今こそ手を取り合って、この世界を見捨てましょう。
『手を取り合って』
アイツはアタシに無いもの沢山持ってる。
アタシには無い、人を虜にする魅力。人を惹きつける悪魔みたいな存在。人々はアイツに魅了され、決して戻ることは無い。
でもアイツは人を堕とす事でしか優越を得られない。アタシなら、人を浄化指せることだって出来るんだから。
「今日も人を堕落させたの?」
「救済だと言って欲しいね」
「アンタの救済は救済じゃ無いわ」
「オマエこそ何も救えないだろ」
「アンタとは違うやり方で救ってみせるわ。アンタが見捨てた人々の分まで」
アイツは凄い。アタシに無いもの全部持ってる。
たった少しの優越感と心を蝕む劣等感。
アタシはお姉様みたいに、絶対堕天しないから。
『優越感、劣等感』