「𓏸𓏸君、ずっと好きでした」
また告白されてる。嫉妬なんてとうの昔にする気が失せた。優しすぎる彼はきつく断れない。最初はそう言うところも好きだったけど。
「𓏸𓏸」
「……あ、はは。見られてた?」
「…………あのね」
私じゃなくてもいいよね、正直。きっとこれからも私じゃなくていい。
「私じゃなくていいでしょ、ここに居るの」
「そんな事……」
「もう、嫉妬すら出来なくなっちゃったから」
「…………」
「ありがとね、楽しかった」
大好きでした。これまでずっと。
『これまでずっと』
お昼休み、A組の教室にて。
「𓏸𓏸?どしたの、元気ないじゃん」
「……ふぇ?あ、うん、大丈夫」
「……また何かされた?」
「ううん、××ちゃんが居るから大丈夫だよ」
私立∅∅高校。この辺りでは飛び抜けて賢い進学校で、有名大学へ行く人も多数在校している。その中でもトップクラスの成績を誇る𓏸𓏸と、底辺争いをしている𓏸𓏸。この学校で知り合った2人は、少し歪な関係性だった。
「すぐ私に言いなよ。いい?」
「うん、分かった」
「これ、私のあげる」
「いいの?」
「うん、何本でもあげちゃう」
「ふふ、ありがとう」
今日も𓏸𓏸の筆箱が無い。単純な話、出来の悪いヤツらの嫉妬だ。××が助けたあの日から2人は依存するように関係を持ち、いわゆる友達以上恋人未満というやつだった。
「𓏸𓏸、今日私の家来る?」
「……今日もいいの?」
「うん、親帰って来ないから」
「…………いく」
キンコーン、と予鈴が教室に響く。××は慌てて自分のクラスに戻っていった。
その瞬間から周りが敵だらけになる。全員がライバルで、全員がお互いを妬みあっている。
容姿端麗で成績はダントツトップ、優しくてお淑やか……。𓏸𓏸は良くも悪くもこうなる事に慣れていた。昔からこうだったのだ。今更何も変わらない。
「……𓏸𓏸さんってほんと腹立つよね」
ひそひそ
「わかる。何でもできますーみたいな余裕ぶってる感じ」
ひそひそ
「ほんとうざい」
ひそひそ
文句があるなら超えればいい。実力が無いだけなのにひそひそと陰口ばかり。
「……仲良くしてる××さんに手だす?」
「あり、それ最強」
思わずびく、と背筋が凍る。今はただの戯言だと思い込むしかない。
次の日からは××の物が無くなり始めた。しかし××は𓏸𓏸にずっと笑顔で笑いかけている。
「昨日楽しかったね!」
「……うん」
「……楽しくなかった?」
「んーん、楽しかった」
「…………ん、ならよかった」
𓏸𓏸は賢い。だから分かっていた。最初からこうすればいいと。
𓏸𓏸が行方不明になった。××が今日の朝いつも通り家まで迎えに行ったら、𓏸𓏸の親に昨日から帰っていないと伝えられたのだ。メッセージは未読、勿論電話も出ない。嫌な予感がして、スマホを握りしめとある場所に向かう。
“この場所、好きなんだよね”
“何で?”
“……私の避難場所”
真っ青に広がる海。𓏸𓏸の避難場所。荒い波の中、地平線に向かう1人の姿。
「𓏸𓏸!待って!」
一瞬こちらを振り返り、にっこりと笑った𓏸𓏸の体は、どんどん水に沈んでいく。手を伸ばしても足を動かしても波に揉まれて届かない。ピロン、と通知音が1つ。
『出逢えて良かった』
淡々とメッセージだけが映し出されていた。
『1件のLINE』
目が覚めると、そこは夢の中だった。普通なら夢の中なんて気付かないけれど、この夢に見覚えがある。
もう何十年と連絡をとっていない小学校の頃の同級生に囲まれて、今の自分が授業を受けている夢。
「𓏸𓏸さん、ここは?」
「そうですよね。それしかありませんよね」
声を出しているつもりは無いのに、話が進んでいく。肯定する事しか知らなかった過去の自分。
全ての事柄において自分は間違っているんだと思い込んでいた、空っぽの自分。
突然場面が切り替わって、何かから逃げるように崩壊する学校を走っている。こっち、と手招きされて安全地帯の扉を開けた。
目が覚めると、そこは見慣れた天井だった。自分の手には鮮やかな錠剤がたくさん握られている。また失敗したらしい。
次に目が覚めた時は、ここに戻ってこないようにもう一度錠剤を飲み込んだ。
『目が覚めると』
朝はおはようのLINEで始まり夜はおやすみのLINEで終わる。
『ばいとおわったぁ〜!今から帰る!』
おつかれさま、と打ち返してスマホを閉じる。ピロン、と通知がなる度にすぐスマホを見る様になってしまったのはいつからだろう。
『だいすき』
わたしも大好き
『またあしたね、おやすみなさい』
おやすみ
……傍から見たらきっとイチャイチャしてる彼氏と彼女みたいなやり取り。でも私達の関係はただの“友達”だから。告白もしてないしされてない。
大好きだって言葉も所詮友達としてだって分かってる。分かってる……。
貴方にはたくさん友達がいるから、色んな人とLINEしたり通話もしてるんだと思う。私と違って夢もしたい事もあって、何もかもが違う。
……でも。
『おはよぉ。きょーもばいとぉ』
毎日頑張っててえらい。応援してる。
『えへへ』
もう少しだけ、この当たり前を続けていたい。いつか終わらせるから。友達同士の、当たり前に戻すから。だから、もう少しだけ、
貴方の“当たり前”でいさせて。
『私の当たり前』
夜が更ける頃、街はいっそう明るくなる。それは明るくありながら何処か闇を抱えている。
薄暗い部屋の角、ベッドの上で重なり合う影。
「……ほんとに良いの?」
「うん……𓏸𓏸にして欲しい」
𓏸𓏸は震える手で××の細い手首を握る。そしてゆっくりと顔を近づけた。
街が更ける頃、街はいっそう明るくなる。明るさの裏には得体の知れない不気味さがある。
「××、一緒に」
「……ごめんなさい。逃げられないの」
××は𓏸𓏸の手を解く。ごめんなさい、と繰り返しながら××は明るい夜の街へ消えていった。
これで何人目だろう。誰も共に朝日を迎えてくれない。自分は悪くない、そう言い聞かせて新しい誰かを探しに闇へ消えた。
『街の明かり』