ゆかぽんたす

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6/22/2024, 9:52:41 AM

その子の名前を知らなかったから、僕の中では勝手に“きいろちゃん”と名付けていた。何故なら、いつも身につけるもの全てが黄色で統一されていたからだ。だから当然イジメの標的にされていた。“男のくせにフザけた色着てんじゃねーよ”って、集団の男子に囲まれていた現場を見たことがあった。見ただけで、僕は何をするわけでもなかった。

あれから10年以上が経って、僕は上京して都内の美容専門学校へ進学した。夢は美容師になること。ゆくゆくは自分の店を持つこと。期待と希望で胸を膨らませた最初の登校の日。学内の掲示板を眺めている生徒を見つけた。男か女かを判断するより先に髪色の派手さに目がいってしまった。金髪というよりも黄色に近い色に染められていたのだ。見れば、着ているシャツもパンツもほぼ同系色のもの。でも上手くまとまっている。どんなヤツだろうと回り込んで顔を覗いてみた。
「……きいろちゃんだ」
「は?」
彼は、僕の独り言にきちんと反応した。何だよお前、という顔つきで僕のことを見ている。それはほとんど睨みつけているというような視線だった。
「や、ごめんいきなり。とっても綺麗に黄色にまとまってたから。好きなの?黄色」
「じゃなきゃ纏ったりしねーよ」
まるで僕のことなんか歯牙にもかけず、彼は校舎の方へ歩いてゆこうとする。きっと別人だろう。僕の記憶では、“きいろちゃん”はいつも泣いていた。虐められて無視されて、男だけど毎日泣いていた。今みたいにガンを飛ばすようなイメージは皆無だ。だからきっと、彼とあの子はなんの関係もないんだろう。
「俺のこと、覚えてるのか?」
「へ」
足を止めた彼がいま一度僕のほうへ振り向き、そう問いかけてきた。蛇に睨まれた蛙のように僕は動くことができなかった。何も言わない僕を見て肯定と捉えた彼は、小馬鹿にしたように鼻で笑った。
「あの時お前も影で俺のこと馬鹿にしてたんだろ。男のくせにって、軽蔑してたんだろ」
「な、違うよ僕は別に、」
「何もせずただ静観してるのはな、寄って集って虐める人間と同類だ」
「そんな、つもり……ない」
「嘘だね。男のくせに黄色が好きなんて気持ち悪いとでも思ってたんだろ、どうせ。腹の中で笑って見下してたんだろ。サイテーだよお前も、アイツらも」
吐き捨てるように彼は言ってまた歩き出した。違う、断じてそんなふうには思っちゃいない。でももう、僕が何を言っても彼は聞く耳を持たなかった。僕から遠ざかってゆく彼の姿。見えなくなる前に、渾身の力で叫んだ。
「僕も――……私も黄色が好きだからっ」
彼は凄い速さでこっちを振り向く。さっきとまた違う顔だった。私を凝視し、私の次の言葉を待っている。
「私も黄色が好きで、あの頃君がいっぱい黄色を身につけてたのが可愛いなって思ったの。……あの時、黙っててごめん、助けてあげられなくてごめん」
「お前……」
「私もあの頃生き辛くて、一生懸命“男の子”を演じてた。じゃないと君みたいにいじめられるから。ちょっとでもみんなと一緒じゃないことをすると、すぐ標的にされるから。でも、君は凄いと思った。怖がらずに堂々と全身黄色になれて、私にとって君は憧れだった」
思えば、小学校というあんな小さな組織の中で何を怯えていたんだろうと思う。大きくなれば視野も世界も広がって、あの頃なんて全然大した事ないと思える。でもあの時は必死だった。いかにみんなと同色になるか。それだけを考えて、生きていた。
「私はもう胸を張って黄色が好きだし、“私”で生きるようになれた。君のようにあの頃からできてれば良かったけど……私にはできなかった。勇気がなかった」
「あんなもん、勇気でもなんでもねーよ」
「……どういう意味?」
「周りのことなんて気にならねーほど、ただ馬鹿みたいに好きな色だけ追い求めてただけだからさ。別に勇気を出したわけじゃない」
彼はフッと笑った。黄色い色のおかげでとても優しく見えた。そして右手を差し出してきた。
「今日からよろしく。クラスメイト」
「……よろしく!」
私は思い切りその手を掴んだ。思わず両手で握ったら、大袈裟だな、と笑われた。眩しくて可愛い黄色い笑顔だった。君らしくて私らしい黄色が、これからも大好き。

6/20/2024, 10:39:23 AM

見送りはいいよ、って言ったのに、ケイくんは駅まで来てくれた。改札の中までついてきてくれて、列車が来るまで荷物も持ってくれた。
「……ありがとう」
本当にそう思ってるけど、今のあたしの言い方は世界一ブサイクだったと思う。顔も、テンションも声のトーンも何もかも。これでしばらく会えなくなるって言うのに。なんでこんな可愛くない態度取っちゃうのかな。どうして素直になれないのかな。
「環境変わると体壊しやすくなるから気をつけてね」
「そんなこと分かってるよ」
「ならよかった」
にっこり笑ってケイくんは私の頭に手を伸ばす、のをまた引っ込めた。多分、頭なんか撫でたらあたしが“子供扱いしないで”って怒ると思ったからだろう。そんなふうに言わないのに。今日だけは、今だけはもう、別れを惜しんでただただ寂しい気持ちでいっぱいなの。それを簡単に口に言えたらいいのにできない。やっぱりあたしはまだまだ子供だ。
「あ、来たよ」
汽笛を鳴らせて列車が向こうから近づいてくる。あれに乗って、あたしはこの街を出て少し離れた地へ向かう。そこはきっと、時間的にも金銭的にも大人じゃないと気軽には来れない場所。あたしと3つくらいしか違わないケイくんがそう簡単に会いに来れるなんて思えない。それでも。
「元気でね。会いに行くからね」
ケイくんのその言葉が耳に沁みて、思わず涙が出てしまった。ぼろぼろと両目から溢れ出て、ケイくんの顔がうまく見えない。
「泣かないで。永遠のお別れじゃないんだよ」
そう言って、ケイくんは今度こそあたしの頭を撫でた。あったかくて大きな手が優しかった。
ありがとう。あなたがいてくれてよかった。あなたのこと、好きになれてよかった。きっとその気持ちを今なら言える。あたしは1歩ケイくんのほうへ踏み出す。そして、頭2つぶんくらい大きい彼に向かってぐっと背伸びをして飛びついた。

6/20/2024, 10:26:11 AM

「濡れるよ。入れば?」
照れも焦りもせず君が言った。ぼくのほうがこんなに真っ赤になって恥ずかしい。
「……ありがとう」
「どーいたしまして。ね、アンタのほうが背高いんだから持ってよ」
ずい、と君は傘の柄の部分を押し付けてくる。言われるがままそのとおりにした。その際なるべく右側に傾けて傘をさすけど、そのことがすぐにバレて僕は怒られる。これじゃ意味ないでしょバカ、だって。
意味はあるよ。有りすぎだよ。こんな展開誰が想像しただろうか。ここ最近僕は何か正しい行いをしただろうか。何か徳を積むようなことを実践したのだろうか。全くもって自覚がないけど、多分神様が僕の何かを見てこんな展開にしてくれたんだと思う。
「あーあ。明日も雨だって。サイアク」
「仕方ないよ、梅雨入りしたんだから」
「……アンタ少しは冗談とか言えないわけ?」
至近距離からジトリと睨まれ僕の目線は行き場を無くす。こんな時に冗談なんか言えるわけないだろ。頭の中では反論しながらも必死に“冗談”を考える僕って。
「だぁから、“雨のおかげで君と相合傘できたよ”とか、言えないの?」
「え……」
だって、それって。

冗談じゃないじゃないか。
事実なんだから、簡単に言えやしないよ。

6/19/2024, 2:58:50 AM

久しぶりにあの夢を見た。
母さんが喚く。
机のものが散らばる。
グラスが落下する。
ガラスの割れる音。
劈くような鳴き声。
罵声、怒鳴り声が僕に浴びせられる。
あんたなんか生まれなきゃ良かった、と。

いつの間にか握り拳を作っていた。
爪の跡が手の中にくっきりとついている。
夢だったんだよな。
もうこれは終わったことだ。
僕はもう、あの時の“僕”じゃない。
誰に何と言われようと、僕はもうあの日に還らない。

だってそうでしょ。
誰も僕を助けてくれなかったんだから。
なら自分で変わるしかない。
だからあの頃の“僕”を形成するもの全部棄てた。
故郷も名前も戸籍も全部。
でも、頭の中身だけは棄てられない。
こんなに無駄なもので埋め尽くされてるのに、
どうしたって綺麗にデリートできなくて。
そう悩みだす頃にまた、あの悪夢を見る。
忘れるな、と言われてるような気がして目眩がする。
もういい加減解放されたいのに。
僕にどこまでもついてくるあの日々が、憎い。

6/18/2024, 9:55:44 AM

君の未来に僕は必要ない。つまりはそういうことだろ。キミは僕がいなくたって生きていけるさ。






だってさ。馬鹿じゃないの?あれでかっこつけたつもり?キモいっつーの。
アンタなんかこっちから願い下げよ。アンタの言う通りよ。あたしの未来にアンタは必要ない。
とんだ無駄な時間過ごしたわ。
連絡先、消すね。写真とか履歴の諸々も抹消するから。
なにかあってももう連絡してこないでね。迷惑だから。

さよなら。
ばいばい。
お達者で。






1ミリくらいは楽しいと思えてたなんて、死んでも教えてあげない。

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