ゆかぽんたす

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その子の名前を知らなかったから、僕の中では勝手に“きいろちゃん”と名付けていた。何故なら、いつも身につけるもの全てが黄色で統一されていたからだ。だから当然イジメの標的にされていた。“男のくせにフザけた色着てんじゃねーよ”って、集団の男子に囲まれていた現場を見たことがあった。見ただけで、僕は何をするわけでもなかった。

あれから10年以上が経って、僕は上京して都内の美容専門学校へ進学した。夢は美容師になること。ゆくゆくは自分の店を持つこと。期待と希望で胸を膨らませた最初の登校の日。学内の掲示板を眺めている生徒を見つけた。男か女かを判断するより先に髪色の派手さに目がいってしまった。金髪というよりも黄色に近い色に染められていたのだ。見れば、着ているシャツもパンツもほぼ同系色のもの。でも上手くまとまっている。どんなヤツだろうと回り込んで顔を覗いてみた。
「……きいろちゃんだ」
「は?」
彼は、僕の独り言にきちんと反応した。何だよお前、という顔つきで僕のことを見ている。それはほとんど睨みつけているというような視線だった。
「や、ごめんいきなり。とっても綺麗に黄色にまとまってたから。好きなの?黄色」
「じゃなきゃ纏ったりしねーよ」
まるで僕のことなんか歯牙にもかけず、彼は校舎の方へ歩いてゆこうとする。きっと別人だろう。僕の記憶では、“きいろちゃん”はいつも泣いていた。虐められて無視されて、男だけど毎日泣いていた。今みたいにガンを飛ばすようなイメージは皆無だ。だからきっと、彼とあの子はなんの関係もないんだろう。
「俺のこと、覚えてるのか?」
「へ」
足を止めた彼がいま一度僕のほうへ振り向き、そう問いかけてきた。蛇に睨まれた蛙のように僕は動くことができなかった。何も言わない僕を見て肯定と捉えた彼は、小馬鹿にしたように鼻で笑った。
「あの時お前も影で俺のこと馬鹿にしてたんだろ。男のくせにって、軽蔑してたんだろ」
「な、違うよ僕は別に、」
「何もせずただ静観してるのはな、寄って集って虐める人間と同類だ」
「そんな、つもり……ない」
「嘘だね。男のくせに黄色が好きなんて気持ち悪いとでも思ってたんだろ、どうせ。腹の中で笑って見下してたんだろ。サイテーだよお前も、アイツらも」
吐き捨てるように彼は言ってまた歩き出した。違う、断じてそんなふうには思っちゃいない。でももう、僕が何を言っても彼は聞く耳を持たなかった。僕から遠ざかってゆく彼の姿。見えなくなる前に、渾身の力で叫んだ。
「僕も――……私も黄色が好きだからっ」
彼は凄い速さでこっちを振り向く。さっきとまた違う顔だった。私を凝視し、私の次の言葉を待っている。
「私も黄色が好きで、あの頃君がいっぱい黄色を身につけてたのが可愛いなって思ったの。……あの時、黙っててごめん、助けてあげられなくてごめん」
「お前……」
「私もあの頃生き辛くて、一生懸命“男の子”を演じてた。じゃないと君みたいにいじめられるから。ちょっとでもみんなと一緒じゃないことをすると、すぐ標的にされるから。でも、君は凄いと思った。怖がらずに堂々と全身黄色になれて、私にとって君は憧れだった」
思えば、小学校というあんな小さな組織の中で何を怯えていたんだろうと思う。大きくなれば視野も世界も広がって、あの頃なんて全然大した事ないと思える。でもあの時は必死だった。いかにみんなと同色になるか。それだけを考えて、生きていた。
「私はもう胸を張って黄色が好きだし、“私”で生きるようになれた。君のようにあの頃からできてれば良かったけど……私にはできなかった。勇気がなかった」
「あんなもん、勇気でもなんでもねーよ」
「……どういう意味?」
「周りのことなんて気にならねーほど、ただ馬鹿みたいに好きな色だけ追い求めてただけだからさ。別に勇気を出したわけじゃない」
彼はフッと笑った。黄色い色のおかげでとても優しく見えた。そして右手を差し出してきた。
「今日からよろしく。クラスメイト」
「……よろしく!」
私は思い切りその手を掴んだ。思わず両手で握ったら、大袈裟だな、と笑われた。眩しくて可愛い黄色い笑顔だった。君らしくて私らしい黄色が、これからも大好き。

6/22/2024, 9:52:41 AM