ゆかぽんたす

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2/19/2024, 7:28:56 AM

気になっていたあの人を食事に誘いました。彼は私が予約したその店の料理をとても喜んでくれました。美味しかったからまたここに来たいな、と言ったので、じゃあ是非また、と私は返事をしようとしました。でも次の彼の言葉を聞いて、そんな返事はできませんでした。
「うちの妻と娘にも食べさせてあげたいな」
視界が一気に暗くなってゆくのを感じました。私は彼のことがずっと好きだったけど、彼のことを少しも知らなかった。家族がいたなんて。そんな事実をこんなところで知って酷いめまいを覚えました。
その後はどうやって帰ったのかもよく覚えていませんが、気がついたら自宅の最寄り駅でした。コンビニに寄って、ありったけのアルコールを買い込みました。バイトの大学生が少し引いていました。帰り道、コンビニ袋をぶら下げながら歩いていると踵に痛みを感じました。慣れない7センチヒールを履いたせいですっかり靴擦れをしていました。
今日は、これまでの人生の中で5本指に入るくらい嫌な1日だった。失恋をしたせいで半ば自暴自棄になっていました。早く忘れるために、いっぱいお酒を飲んで熱いシャワーを浴びて寝たい。残り2時間あまりで今日が終わる。今日なんかもう要らない。明日が早く来ればいい。そう思えば思うほど、今日が何という日なのかを思い知らされるのです。
スマホを取り出しフォルダを開きました。2004年の今日、私は当時の恋人を亡くしました。あれから10年経って、ようやく新たな恋に踏み出せると思ったのに。ちょっと良いかなと思った人はまさかの既婚者で、もう私に恋愛は向いてないのかなと思ってしまいました。あの人の命日は決まって嫌な思い出ばかり起こる。今日が人生の中で5本指に入るほど嫌だったと言ったけど、残りの4本いずれも何年か前の今日の出来事でした。1番は、言わずもがなあの人を亡くしたことです。本気で愛していました。私達、結婚するんだと思っていました。なのに貴方は逝ってしまった。突然死だったから悲しみに浸る暇もなかった。あの日から、私の中で何かがおかしくなった気がします。毎年この時期は何をやってもうまくいかない。もしかして貴方が空の上から操作しているのでしょうか。俺のことを忘れるなよ、とでも言いたいのでしょうか。
アパートにつき、ビールたちを冷蔵庫にしまってからリビング脇の小さな棚に飾られている写真を眺めました。私と貴方が肩を組んで幸せそうに笑っている写真。できることならあの頃に戻りたい。願っても叶わない思いを抱えながら、私は今日にさよならするのです。でも、貴方との思い出とはまだ暫くはさよならできそうにない。

2/17/2024, 12:50:38 PM

ちょっと早起き頑張って、掃除と洗濯ちゃちゃっと終わらせて。その後好きなハーブティーを飲みつつメイクを始める。こないだ自分にご褒美で買ったアイシャドウを使う時はテンション上がる。別に誰かと会う用事なんてないのにスカート履いてみちゃったり。アクセサリーだってもちろん付ける。
家からそう遠くないカフェは、お昼より少し早めに行けばお一人様専用のカウンター席に座れることが多い。いつものランチセットを頼んで、たまーにデザートで看板メニューのとろけるプリンもつけちゃう。飲み物は食後にしてもらって、大好きな作家さんの新刊を読む。気付けばあっという間に2時間過ぎてるなんてことも。

お気に入りの時間。お気に入りの場所。お気に入りの格好。お気に入りの過ごし方。お気に入りの食べ物。総て私の精神安定剤として必要不可欠なもの。自分のお気に入りを知るってすごい幸せな気持ちで満たされる。誰かと共有したいと思うものもあれば、1人だけでじっくり楽しんでいたいものもある。

今日もまた、新しいお気に入り見つけた。帰り道の公園の花壇にチューリップの芽が出てるのを見つけた。お気に入りの散歩コースにしよう。これから咲くまで成長してゆくのを見るのが楽しみだ。

2/17/2024, 6:50:54 AM

終業時刻はとっくにすぎているのに厨房にはまだ灯りがついていた。消し忘れなんかじゃない。また、先輩は1人残って黙々と練習しているのだ。
邪魔しないように帰ろうとしたけど、無言で出ていくのも悪いかな、と思ったのでそっと扉を開ける。中には入らず顔だけひょこっと出した
「お疲れさまです。お先に失礼します」
「あぁ、お疲れさま。気をつけてね」
ちょっとだけ厨房に顔を突っ込んだだけなのに、バターのいい薫りが鼻をくすぐってきた。
先輩はパティシエを目指している。まだまだ全然見習いで、学ぶことが山のようなのよ、と謙遜しているけれど、先輩の作るお菓子は他のどことも比べ物にならないほど美味しいと私は思う。来年にはフランスの有名菓子店に弟子入りするために渡仏するのだそうだ。暫くの間会えなくなることも寂しいし、先輩の作るお菓子を簡単に口にできなくなるのも寂しい。でも、
「もっともっと技術を磨いて美味しいお菓子を沢山作って、いつか自分の店をかまえるのが夢なの」
瞳を輝かせて言った先輩を見たら、寂しいなんて言えなかった。誰よりも努力家で誰よりも自分自身にストイックな先輩だが、私には常に眩しく映っていた。そんな彼女が作りあげるスイーツたちが、私は今もこれからもずっと大好き。
「佐倉さん、待って」
裏口から出る寸前に先輩から声をかけられた。抱えていた白い箱を私に向かって差し出してきた。
「これ、試作で作ってみたの。良かったら」
「いいんですか?」
「感想聞かせてね」
じゃあ気をつけてね、と言い先輩は店内に戻ってゆく。もうすぐ夜も更けるなかなかの時間になるというのに、一体何時まで残ってるんだろう。努力と根気の塊のような人からこんな可愛らしいお菓子が次々と作られる。そっと箱の中身を確認してみた。鮮やかな赤色が目を引くグロゼイユのケーキ。自然と頬が緩んでしまう。やっぱり、先輩の作るケーキは人をしあわせな気持ちにさせる力を持つ。
誰よりも努力を重ね、挫折を知り、涙をのんだ経験をしているからこそこんな芸術的なお菓子が作れるんだなぁ、と今さらながらに思った。
帰ったら、有り難く美味しくいただこう。

2/16/2024, 9:32:49 AM

これを読んでるってことは人生に絶望したのかな?
10年前の私、お疲れさま。
人生いろいろあると思うけど、笑う門には福来たるだよ!いつでも笑顔をたやさないでね。



「は……能天気すぎでしょ」
抽斗の中を片付けてる最中に見つけた水色の封筒。何かと思って開けてみたら自分からの手紙だった。“10年前の私”、ってことは27歳に書いたのか?なんで未来の手紙がこんなところに。どういう仕組みでこんなものが存在しているのか分からないけど、それにしてもひどく他人事な文章だなと思った。
未来の私は悩みなんて無いのかな。今の私はまだ学生の身だから正確には大人とは呼べない。気持ちはまだまだガキっぽいところがあったりする。相手の顔色とか機嫌ばかり気になっちゃう。今日もクラスのあの子から嫌がらせ受けたけど、何も言い返せなかった。10年後の私が見たら何て言うかな。この文章からして、情けないっ!とか無駄に正義感振りかざしてきそう。やられたらやりかえしなよ、とかも言いそう。それができたらやってるってば。
「はあ。……ん?」
手紙は1枚ではなかった。もう1枚、便箋よりもひと回り小さな紙が入っている。広げるとそれはハート型のメモ用紙みたいな紙だった。その中心に、大きく書かれていた言葉は、
「ケ・セラ・セラ……」
なるようになる。たしかそういう意味だったっけ。思い出しながらもう一度呟く。ケセラセラ。すると不思議と重たい空気は緩和されてゆく気分になった。どうにかなる。なるようになる。そんな気がして。さらに呟く魔法の言葉。
「ケセラセラかぁ」
思い悩んでいたことがちっぽけに感じられた。不満も悩みも尽きない、そんな年頃だけど、どうにかなるって思えたからぐっと心が軽くなった。10年後の私、ありがとう。きっとどっかで見ていてくれたのかも。大人になった私は優しいんだな。
じゃあ、もう少しだけがんばってみる。密やかに決意して、ハート型のそのエールの紙を再び抽斗の奥にしまった。

2/15/2024, 8:15:53 AM

ピンクの小箱に赤と茶色のチェック柄のリボン。なかなか可愛いラッピング。だけど中には、こんな見た目に相応しくないものが入っている。
作ったのはトリュフ、なんだけどどこをどう間違えたのか出来上がったものは泥のツブテみたいなシロモノだった。形の歪さが逆に怖い。“手りゅう弾の一種だよ”と言って見せたら何人かの人は信じると思う。それぐらい、物騒なバレンタイン用の手作りチョコレートが出来上がった。
さすがに、これはなぁ。反応に困るあの人の顔が想像できる。ありがとう、と言いながら笑顔で受け取ってくれるのは間違いない。あの人は優しいから。これまでに、私の酷い手料理の毒見役に何度も付き合ってくれた。そのたびに、文句なんて一切言わずに笑って食べてくれる。私が悲しむのを考えて、絶対に不味いなんて言わない人。
「ただいま」
彼は今日少し残業だったようで、いつもより遅めに帰ってきた。
「おかえり。今あっためるね」
「ありがとう」
こんなに料理が苦手でも主婦を始めて何年かは経ったので、作れる料理はそれなりにある。今夜はカレー。この献立はもう大丈夫。ていうかカレーを不味く作るほうが難しいか。
「いただきます」
毎日お行儀よく言ってくれて残さず食べてくれる。君が一生懸命作ってくれたご飯だもん。残すなんて失礼だろ。そんなふうに言ってくれるから、私は世界一幸せだなと常々思う。そんな彼を今日くらいは、本気で喜ばせたくて頑張ってみたけど、やっぱり駄目だった。そもそもトリュフなんて初めて作ったのにうまくいくわけない。チョコを溶かして生クリームと混ぜて丸めるだけじゃん。レシピを見ながらそんなふうに見くびっていた私を殴りたくなった。
「ごちそうさま」
彼は綺麗にカレーを食べ終えて皿をシンクへ運ぶ。
「いいよ、片付けるから」
「そう?ありがとう」
「お風呂、沸いてるよ。入ってきたら?」
「うん……」
返事はするけど彼はキッチンから離れようとしなかった。私のことをじっと見たまま動かない。
「どうしたの?」
「サエちゃん、今日何の日か知ってる?」
「……バレンタインでしょ」
「そう。僕には、ないの?」
物寂しそうな顔をして彼は私に聞いてきた。あると言えばあるけど。あんな手りゅう弾もどきをあげるわけにはいかないんだよ。こんなことなら、市販で良いからちょっと良いチョコ買っとけば良かった。
「今日、帰ってきた時カレーの匂いもしたけどチョコの匂いもしたよ」
「それは、」
「本当は、作ってくれたんでしょ?」
「……」
「サエちゃんのチョコ、僕欲しいよ」
観念した私はパントリーの扉を開けて、1番上の棚からピンクの箱を取り出した。それを見た彼は、やっぱり、と少し声を弾ませて言った。
「でもね、ダメなの。失敗しちゃったの。だから……これはさすがにあげられないの」
「なんで?焦がしたの?」
「そうじゃないけど」
「じゃあ、ちょうだいよ」
モタモタしてる私からあっさりと箱を取り上げて彼はリボンを解いた。ゴツゴツした武器みたいなチョコが姿を現した。彼は1つつまみ口に含む。何度か咀嚼して飲み込んだ後、とってもおいしいよ、と言った。
「……やめてよ、そんな、無理して食べてほしくない」
「なんで?無理なんかしてないよ。普通においしいもん。サエちゃんも1つ食べる?」
「要らないよ!こんな、ブサイクな食べ物なんて!もういいよ、返してよ!」
「ダメだよ。だってこれ、僕のだもん。サエちゃんが僕のために頑張って作ってくれたバレンタインチョコなんだから」
「……こんなのはバレンタインにふさわしくないよ」
「サエちゃんさぁ、なんか誤解してない?」
「……なにがよ」
「まぁ、人によっちゃ“料理は見た目まで美しくないといけない”って考えもあるけど。少なくとも、僕はそっち側の人間じゃない」
座ろうよ、と言って彼は私の手を引いてリビングのソファまで連れてきた。2人で並んで腰掛ける。ちゃっかり私のチョコまで持ってきて、2つ目を口に頬張っていた。
「食べさせる人のために一生懸命作ってくれたものがどんな見映え悪くたって、何の問題もないと思うけどね、僕は」
「……でも、黒焦げの料理が毎回出てくるのイヤでしょ」
「ぜーんぜん。黒焦げでも、サエちゃんの料理美味しいもん」
「ウソ」
「ほんとだよ」
「じゃあ、味覚がおかしいんだ」
「ひっどいなぁ、本当に美味しいからいつも美味しいって言って食べてるのに」
「だって、そんなわけ、ムググ」
反論を返そうとする私の口にチョコレートをねじ込まれた。あのゴツゴツの、トリュフとは果てしなくかけ離れたものが。私の口の中でゆっくりと溶けていく。当たり前だけど普通にチョコの味がする。そして、食べれるレベルの味だった。
「ね?美味しいでしょ?」
「……うん」
「もっと自信持ってよ。僕はサエちゃんの作るご飯大好きだよ」
彼はにこりと笑って、戸惑う私の唇を塞いだ。チョコの味がした。バレンタインに相応しい、甘い味のキスだった。

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