ゆかぽんたす

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9/18/2023, 1:29:14 PM

ピピピ、と左腕のデジタル時計が音を鳴らす。ああもうこんな時間か。手早く荷物をまとめ、仕事場のフロアを後にした。
職場から最寄り駅まで歩いて10分足らず。だからというわけではないけど目いっぱい残業しても電車の時間を気にしてれば帰りに間に合う。ちなみにさっきの時計の音は日付が変わったことを知らせるもの。深夜0時を過ぎたら終電が間もないため、一応知らせるように設定してある。
外に出ても、まだまだ都会の夜はそこら中に灯りが灯っていた。わりとオフィス街のここも、他のビルたちの窓には電気が点いてるのが見える。みんな、遅くまでお疲れ様なんだなぁ、と思いながらホームで電車を待っていた。そこへちょうど携帯に着信が入る。こんな時間に誰なんだろう。画面に映っていたのはまさかの、地元の幼馴染みだった。
『お。起きとった起きとった。こんばんはァ』
「何言ってんの、もう。ていうかこんな時間に何」
彼とは、月に1度くらいは連絡を取り合っている。私がこうして上京してからも気にかけてくれる優しい人。つい先週に電話したばかりだったから、特に久しぶりとも思わなかった。
『……もしかして、覚えてへんとか?嘘やろ、かなしすぎ』
「だから何が。もう電車来ちゃうから早くして」
『え、まだ仕事しとったん』
「そうだよ、毎日残業。下っぱはこれが普通なの」
『その会社ブラックなんとちゃう』
「ちゃんと残業代出てるからまだマシよ。それより何よ、こんな時間に。あ、待って電車来ちゃった」
ホームのアナウンスと共に、遠くから光が近づいて来るのが見えた。
「今から乗るから切るね」
ちょい待ち、とか聞こえたけど、一方的に通話を切り上げる。滑り込んできた電車に乗る。平日の終電はとても閑散としている。もう、この時間に帰るのも慣れたから別に驚かない。端っこの席に座ったところでまたも携帯が震えた。今度は短いからメール。開くとまたアイツからだった。

“ハッピーバースデー”

「え……うそ」
今日って、そうか。日付はさっき変わったんだった。いやそれどころか自分の誕生日すら忘れていた。まさかアイツ、これを言うためにこんな時間に電話してきたっていうの。だったらなんで、肝心なところをさっきの電話で言わないのよ。
自分の降りる駅までまだまだあるのに、居ても立っても居られなくて私は次の駅で降りてしまった。つまりもう、これで帰れなくなる。そんなことはどうでも良かった。タクシーでも何でも、どうにか帰れる術はあるだろうから。
履歴から引っ張ってきたアイツの番号をすぐさまかけ直す。
『お。着いたん?』
「あんたさ!そーゆうことは言葉で言いなさいよ、せっかくかけてきたんだから」
『えぇぇ。けど、電話切ったのはそっちやん』
「それはそうだけど、電話繋がった瞬間に言ってくれれば全然間に合ってたわよっ」
電話の向こうで、なんで俺怒られとんの、とぼやいている。それもそうだ。彼には怒られる筋合いはない。せっかく誕生日に電話してくれたのに怒鳴る私がいけない。
「あー……ごめん。なんか疲れてたんだと思う、多分」
『そりゃそうやろな。こんな時間まで働かされてたら』
「けど、まぁ、覚えててくれてありがとね。無事に歳をとりました」
ふと、ホームのガラスに映った自分の姿を見る。それはそれは嬉しそうに顔を緩ませた自分が居た。そしてその向こうには、まだ眠らない東京の夜の景色が広がっている。
『お?なんや今、笑った?変な声聞こえたで』
「ううん、なんでもない。ていうか変な声って何よ」
適当なハッピーバースデーだったけど、今の私には間違いなく心に染み渡った。そしてこの夜景を見てたら、ああこんな誕生日の迎え方もいいなぁ、なんて思ってしまった。

9/18/2023, 8:34:22 AM

“ネモフィラがいい”。

どこぞの観光スポットに感化されて、単純なキミはそう言った。新居の庭に植える花。もう少しガーデニングに最適なものにしたら、と言う僕の助言に耳を貸すことなく。そんなに広くないんだから好きな花を植えるべきでしょ、って。我が家にも青い花畑作ろうよ、って、得意気に笑って。

だから週末には土いじりする約束だったのに。


叶わなかった。




普通の日常が、突如として失われるという感覚は、こんなにもあっさりとしているのだろうか。他人事な感想しか浮かばないほどその時は呆気なくて。僕はまだ夢を見ているのかもしれない。そう思ったけど、夢は夢でも残酷な悪夢だった。


キミが事故に巻き込まれ、病院に運ばれ、我が家に戻ってきたは良いがまたすぐに逝ってしまった。キミが小さな箱になってからの滞在期間もほんの一瞬だった。涙なんて出る暇さえなくこんなことになって。わけが分からなくて。僕は生きる力を放棄してしまった。食事も睡眠もできなくなった。次第に衰弱しながら、このままキミの待つ空の向こうに行けるのならそれでいいや。そう思ったけど、周りが許してくれなかった。病院に担ぎ込まれ適切な処置をされ、僕は命を手放すことなくこの世界にまだいる。あの頃の僕は“生かされている”、と思っていた。だってキミの居ない毎日なんて生きてたって仕方ないだろう。なのに生きているのは僕の願望なんかじゃないんだ。

結局、死ねなくて何の希望もないまま季節が過ぎてしまった。また春が来る。キミを失ったあの春が。今度は1人で迎えなきゃいけない。
テレビにはあの青い花畑が特集されていた。テレビなんて、見るつもりないけど時々静寂に呑まれそうな時ただつけておく。夕方のニュースの中で紹介されていたネモフィラ畑は、僕らがデートで何度も行ったあの場所だった。
そう言えば。 
彼女は庭にネモフィラ畑を作りたいって言っていたんだ。あんなことがあって、僕の記憶から忘れ去られていたことが、テレビの映像を見て呼び起こされる。うちにも青い花畑作ろうよ、って言っていた。
――彼女の願いを叶えなければ。

それだけが僕を突き動かした。突然の使命感に駆られ、僕は夜のホームセンターに走ってネモフィラの苗を買った。このお店にあるそれ、全部ください。息巻いて購入して、もう夜中なのに取り憑かれたように荒れ放題だった庭を再生し始めた。
作業が終わったのが夜明け前。朝日が昇る頃、流石に疲れ切った僕は庭に座り込んてしまった。そよそよと風が吹いた。なんてことない風。
だけど、今、確かに――

“ありがとう”

そう聞こえたんだ。キミの声が聞こえた。
はっとして空のほうを見る。その後自分の周りに視線を移した。僕を取り囲んだネモフィラたちが、風に揺れて踊っていた。青い花畑は朝日に照らされ気持ちよさそうに輝いている。優しい青色なのに今この時だけは目に染みた。小さな青い花達が寄り集まって、物凄い生命力のようなものを感じて、僕に何かを訴えかけてるような気がした。生きて、と。ネモフィラを通してキミが話している気がした。それを思ったら途端に視界が歪み出した。涙で滲んでも小さな青たちは美しかった。
キミにも届いているよね。僕が作った青い花畑が。もう僕は大丈夫。心配かけてごめんね。
心の中で呟いて、青い絨毯に寝転んだ。また風が吹いた。優しくて心地よくて、僕はようやく哀しみじゃない涙を流した。

9/17/2023, 9:57:32 AM

「もう、無理だよね私たち」
最後の言葉がそれなのか。僕は何の返事もしなかった。無視をしたんじゃなくて答え方が分からなかったから。肯定も否定も多分、キミのことを傷つける。
「何がいけなかったのかな」
彼女はまた勝手に喋り出した。僕の返事を期待してるわけではなかったようだ。ぼそぼそと言ったあと顔を突っ伏してしまった。反射的に僕は彼女の頭を撫でそうになる。けど、それをしちゃいけない。キミが言った通り、もう僕らは無理なんだ。それをよく分かっているから、余計な優しさは傷を抉るだけになる。
「行って。私が見てない間に」
声が震えていた。最後の最後に泣かせてごめん。ここで同じように僕が泣いたら収集がつかなくなる。ありがとう、ごめんね。キミの望む別れ方を尊重しよう。
静かに部屋を出る。外の世界は中途半端に蒸し暑かった。空を仰ぎ見たら嫌な鈍色をしていた。もう間もなく降り出すだろう、と、思った矢先に鼻先に落ちてくる水滴。それはあっという間にまとまった量になり、僕の全身を濡らした。久しぶりに今日の夕立は勢いが良いな。激しい雨に打たれながら呑気に考えている。通行人は誰も居ない。だからこんな惨めな姿になっても構うことはない。
「さようなら」
言えなかった別れの言葉を今さら呟く。声は雨音よりも全然小さかった。空の雨は、まるで僕の感情を代弁しているようだ。
こんなふうに、本当は僕も彼女の前で泣きたかった。
こんなふうに、キミの前で泣いたなら、
もしかしたら――


9/16/2023, 8:10:40 AM

ぴこん。

もともと眠りが浅いほうで、かすかな物音にも気がつく方だ。ベッドサイドに置いたスマホが鳴っているのにも早々に気付いた。どうやら目覚ましではない。夜勤明けだったから今日は鳴らないはず。じゃあ電話か、と思ったけど短い音のみでまた静かになった。どうせ何かのメルマガだろう。もう一度眠りの中に戻ろうと反対向きに寝返りをうった。

ぴこん。

また短い電子音が鳴る。けれど気にも留めない。外はとっくに太陽が昇っているけれど、僕の夜はまだ明けてない。後で確認するから放置を決めた、が。

ぴこん。
ぴこん。

ぴこんぴこんぴこんぴこんぴこんぴこんぴこんぴこんぴこんぴこんぴこんぴこんぴこんぴこんぴこ

「っだーっ、何だよもうっ」
いい加減我慢ならなくて飛び起きてスマホを掴む。こんな迷惑な配信してくるのはどこの企業だ。ブロックしてやろうかと思いながら画面を見る。未読件数19件。その全てが、いつもの、見慣れたウサギのアイコンからの通知だった。

おはよー。
今日いい天気だね、どっか行く?
てか、起きた?
起きてないね、こりゃ
ねー、起きてよ
起きて
起きて
起きて起きて起きて
起きろー

Ki
RO
拗ねるぞ
てかどんだけ寝てんの
ケチ
ふんだ。いーもん
せっかく一緒にご飯食べいこうと思ったのに
じゃあ1人で行きますよっと

何だこれは。思わず溜息が出た。電話をかけるとすごい速さで相手が出る。
『やっと起きた』
「勘弁してくれよ……」
『もう、遅いよ。こないだ行ってた新しくできたカフェ、1人で行っちゃうから』
「拗ねるなよ。あと20分くれ。準備するから」
『……絶対だよ。20分、今からちゃんと計るからね』
電話は切れ、ようやく室内は静かになった。カーテンの隙間から光が射し込んできている。今のやり取りで頭はすっかり覚醒した。
「さて、と」
スマホを置いてベッドから離れる。もう一度、ぴこんと音がした。今度は何だ。

よーい、スタート

本当に計るのかよ。
あと20分か。1分でも遅れたらまた文句言われそうだ。けれど、楽しみにしているアイツの顔が浮かぶ。このふざけたアイコンのウサギみたいに、目をキラキラさせて僕の前に現れるんだろうな。


9/14/2023, 12:14:00 PM

どんな態度で示しても、100の言葉を並べても
どうせ貴女は疑うのでしょうから
たった1つだけ言わせてくださいよ。


何があってもどんな時も
どんなことからも貴女を守ります。

この命が燃え尽きるまで。


なんて、言ったら嘘くさいですか?
でも本気ですよ。
貴女のためならこの命は惜しくない。

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