ゆかぽんたす

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9/13/2023, 1:11:06 PM

落ち込んだり後悔したくなったり打ちのめされたりすると訪れたくなる場所がある。そこはもう使われていないビルの屋上で、周辺の人には知られていない。廃墟になってるから余計に誰も近づこうとしないのを良いことに、僕は打ちのめされることがあるたびにここへ来る。そして、ただ何をするでもなく夜の空を眺めてる。気の済むまで、ずっと。
今日の夜空は雲一つなくてすごく綺麗だった。星が綺麗に瞬いている。あれは確かアンドロメダだったか。
そうやって星空を眺めていると不思議と気持ちが落ち着いてくるんだ。ここに来るまではあんなに負の感情でいっぱいだったのに、いつの間にかそれが綺麗に消え去ってくれる。夜空のお陰なのだろうか。分からないけど、壮大なものを見ると自分の悩みなんてちっぽけなものだと思えてしまえるのかもしれない。
もうとっくに心は回復したのに、今日の夜空があまりにも綺麗すぎていつまでも眺めていた。深藍の空が徐々に薄まってくるとやがて星たちも姿を隠す。もうすぐ夜明けだ。今日が素晴らしい日になりますようにと、白く掠れた月に祈った。


9/12/2023, 12:53:13 PM

「協力してくれる?」
誰もいない放課後の教室。彼女が私に向かって言ってきた。すぐには反応できなかった。何か言わなきゃ。考えてるうちに彼女がまた口を開く。
「……だめ、なの?」
悲しそうに私の方を見つめてくる。両手を胸の前で組んで、眉をハの字に下げて。心底辛いというふうに。そうやって、あの人の前でも演じてたんでしょ。でも彼にはそのお得意の媚びた顔が通用しなかった。だからあんたは彼が欲しくなった。それは愛なんかじゃない。自分のものにならないからってムキになってるだけのねじ曲がった自尊心よ。
「ごめん。できない」
はっきり言ってやった。途端に彼女は不機嫌そうに顔を歪める。私の断りを素直に受け入れてくれるような人じゃないと、何となく分かっていたけどあからさまに嫌な顔されるとこっちも気持ちが沈む。さっきまでと打って変わって、私を敵視する目つきに変わっている。まさか私が、いいよ、と言うとでも思っていたのか。何でも自分の思い通りに行くと思うなと、言ってやりたかった。だけど、思うのと口に出すのはかなり違う。私は彼女の要望を断るけど、彼女を傷つけようとは思わない。そんな真似したら私もレベルの低い人間に成り下がってしまう。何よりも、そんなことをすればあの人からも間違いなく幻滅される。そんなのは嫌だ。あの人にだけは拒否されたくない。まだ自分の気持ちを伝えてないうちから、そんなふうに思われたくない。
「じゃあ、行くね」
私のことを睨みつけてくる彼女の隣を通り過ぎた。直後に嫌な舌打ちが聞こえた。結局、それがあんたの本性なのね。
「友情よりそっちを取ろうって言うの?」
教室をでる直前に後ろからそう喚かれた。何それ、と思わず聞きたくなる。一体何処に、友情があるんだって。何から何まで失望する。いや、失望とは、相手に希望を持っていたのにそれを裏切られた場合に起きる感情だ。だったらこれは違う。私は彼女に希望を抱いたことなんて1度もない。
「悪いけど、私にも譲れないものがあるの」
あんたが面白半分に手に入れようと思うなら全力で阻止するから。私はそんな生半可な気持ちじゃないの。それだけ本気だから。だから絶対譲らない。

9/11/2023, 12:49:26 PM

手帳の来月のページをめくる。ピンクのハートマークをつけて、周りにシールも貼っちゃうんだ。来月なのに既にもう20個もある。私って、幸せ者。
キミと出会ってからマンスリーのページがこんなにも賑やかになったよ。
毎日毎日楽しいな。
正直、キミとどうなりたいとか、そーゆう難しいことはあんまり考えてないけど、
ただ目の前のことを思いっきり楽しみたいの。
だって、今日より若い日は無いじゃん?
明日になったら今日は過去になっちゃうし。
けど別に、明日が来ることが嫌だなぁなんて思ったりはしないよ。
だって、明日も明後日もキミに会えるから。
明後日……は、キミが予定あるんだっけ。ざーんねん。
とにかくね、キミに会うことで私は元気になれるの。
キミは私の薬みたいなものなの。
ずっとずっと、大好きだよ♡




だから。

とりあえず、携帯貸して。
GPS入れるから。
それからこないだ女とラインしてたよね?
確か“マキ”って名前のやつ。
トーク画面こっそり見えたんだ。ソイツの連絡先消して?
ていうか、私以外の女の連絡先は全部消して欲しいんだけど。
別に信用してないって意味じゃないの。
でもそうすることで私が安心するから。
お願いだから、言う通りにして?

じゃないと私。

ナニスルカワカンナイ

9/11/2023, 4:44:56 AM

今日も残業だった。そうなると無条件にコンビニに寄る。もう味を知り尽くした弁当とお茶と滋養強壮に利くドリンクをカゴに入れて。レジに並ぶ前にふと目に入るスイーツコーナー。なんとなく手に取ったプリンも一緒に入れた。それだけは2つ買う。1つだけ買うと喧嘩になるから。
でも。
「あ……」
もう、いいんだった。無意識に2つとったけど、2つも必要ないんだった。もう喧嘩にならないから。キミはもういないから。

コンビニから出てアパートに着いた頃には日付が変わっていた。ドアを開けて静まり帰った自宅へ入る。誰も居ないんだから当たり前か。途端に身体中に広がる脱力感と倦怠感。それと、大きな喪失感。洗面所の歯ブラシも1本になった。クローゼットのスペースは半分ぽっかり空いている。花の香りの柔軟剤も、よく分からないキャラクターのイラストのランチョンマットも、健康志向のおやつたちも全部姿を消した。それらは別に、僕のものじゃなかったのだから無くなっても憂いだりしない。
でも、キミは“僕のもの”だった。だから、姿を消した途端に僕の心は落ち着かなくなっている。もうかれこれ数週間、生きた心地がしない。この先もずっと僕のものだと思っていたのに。それは僕の単なる思い込みだったのだ。

戻ってきてくれ、と、灯りもつけない深夜の部屋でひとり呟いた。けれど誰も答えない。日を追うごとにキミが居た形跡が消える。キミの匂いが思い出せなくなる。こうやってゆっくりと記憶は退化していくのかと思うとやりきれない気持ちになった。窓の外がぼんやり明るい。カーテンをそっと開けると月の光が入り込んできて、情けない僕の顔をそっと照らしたのだった。

9/10/2023, 8:15:12 AM

がちゃん、と音がしたので玄関の方へ行くと彼女が帰ってきたところだった。でも、様子がおかしい。
「おかえり、どうしたの。ずぶ濡れじゃん」
「ただいま」
「傘、持ってかなかったの?」
「うん」
彼女の素敵なスーツは頭から足の先まで雨でずぶ濡れだった。僕は急いで洗面所からタオルを取りにいく。ついでに浴室のお湯はりボタンも押した。
「そのままだと風邪引くよ。お風呂湧くまで待つようだから着替えな」
「うん」
ヒールの高い靴を脱いで、彼女は狭い廊下を足取り重く歩いて行った。僅かに見えた彼女の横顔には濡れた髪が張り付いていた。でも果たしてそれは雨なのか。
寝室に消えてゆく彼女の背を見送ると僕はキッチンに行きお湯を沸かした。戸棚からココアを探してそれを作る。甘い香りがふわりと広がる。そこへ着替えた彼女が戻ってきた。頭にタオルを被っているから表情はよく分からない。けれど、浮かない顔をしているのが想像できる。とりあえず、部屋にこもらないでくれて良かったと思う。
「どーぞ」
座る彼女の前にココアを置いた。電気を点けて、雨戸を閉める。外はだいぶ暗くなっていた。夏が終わるとあっという間に日の入り時間が早くなる。
「前、座っても良い?」
「うん」
一応許可を取って、彼女の前の椅子に座る。ようやく見えた顔はやはり泣き腫らした目をしていた。落ち着くから飲みなと促すと、彼女は静かにカップに口をつけた。
「今日ミスしちゃった」
「仕事?」
「うん」
彼女はとてもストイックで、仕事に対する気持ちは常に真っ直ぐだ。それくらい彼女の請け負う仕事はやり甲斐があって、本人も思い入れが強いのだろう。僕の知らない世界で他の仲間にも負けずに活躍する彼女はいつも凄い人だと思っていた。でもその仕事に関して何かミスをしてしまったらしい。成程その涙の正体は悔し涙だったのかと分かった。
「お疲れ様。頑張ってるね、いつも」
僕はただただ、彼女の努力を認めることしか言わなかった。ミスなんて誰でもするよ、とか、そういう日もあるよ、みたいな慰めは彼女にとって逆効果だから。それに出来もしない僕が、そんなことよくあるよみたいな軽口叩くのは違う。彼女の仕事の内容も重圧も僕は知らない。でも、毎日一生懸命頑張ってる姿は誰よりも見てる。極端な話、彼女が居なくても代わりはいるだろうけど、こんなに真剣に思い悩んで涙する彼女は僕が知っている人間の中ではたった1人だけだ。そしてそれはとても格好良いことだとも思った。
「キミの一生懸命なところが僕は好きだよ」
雨で濡れて冷たくなった彼女の頭を撫でた。滅多に弱音を吐かないキミが、唯一自分らしくいられるように。この空間だけはいつでも優しく暖かい場所にしておきたい。世界に1つだけ、キミがキミらしくいられるのがここだよ。
その時、浴室からメロディーが聞こえた。お風呂が沸いたことを知らせる音。
「お風呂沸いたって」
「うん」
「あったまっておいで」
「うん」
「一緒に入る?」
「ううん」
「……そこはさぁ」
流されずにうんとは言わないところがキミらしい。断られたのは悲しいけど、キミらしくいられてるのが確認できたから良しとするか。きっと明日は大丈夫だよ。

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