ゆかぽんたす

Open App
8/24/2023, 1:06:44 PM

あの日。
どうして僕はキミを止めなかったのだろうか。

ちょっとそこまで行ってくるね、と言ってキミは出て行った。だが二度とこの部屋に帰ってくることはなかった。
すぐそこのコンビニなのだから往復するのと買い物時間を多めに考えても15分そこらで戻ってくるはずなのに。キミが再び僕と再会したのはその日の夜遅くだった。しかも霊安室なんて場所で。キミは仰向けに寝かされていた。白い布をはらったら眠っているかのような穏やかな顔のキミだった。眠っているのは僕のほうなのか。そうだ、きっとこれは夢なんだ。だから早く醒めてくれよ。目覚めたくて思いきり自分の頭を掻きむしったら髪がごっそり抜けた。夢なんかじゃないと、思い知らされた。


あの日どうして僕はキミを止めなかったのだろうか。
答えはいつ分かるのだろうか。僕はこの先ずっとこの十字架を背負いながら生かされてゆく。分かったところでキミはもう戻ってこない。やはりあの日のことは夢じゃなかったから、キミは荼毘に付されてしまった。1人になった僕はキミのいる空を見上げた。
僕の、キミへの寂しさ愛しさよ。やるせない気持ちと共にキミのもとへ届け。

8/23/2023, 12:57:39 PM

自転車の後ろに乗せられて、風を切りながら坂道を下ってゆく。どこに行くの?という私の問いかけに彼は叫べるとこだよと元気よく答えた。
数十分前、私は教室で1人で泣いていた。そうしたらいきなりドアが開いて彼が入ってきた。辞書を取りにきたらしい。今まで彼と話したことは片手で数えるほどしかなかった。タイミングがなかったからだと思う。彼はいつもクラスの中心にいて、沢山の友達と賑やかに過ごしていた。笑いが絶えなくて、その周りの人たちも常に笑っていて。悩みなんかなさそうだった。私みたいにつまらないことでいつまでも頭を悩ませているような人じゃないということは見ていてなんとなく分かった。
その彼が、私の涙を見ると、突然手を引き教室を飛び出した。言われるがまま初めての“ニケツ”を促され、彼の自転車に運ばれる。外は今日も快晴で夏らしい空をしていた。これから行く所は叫べる所らしい。私がただなんとなく、大声を出したいだなんて呟いたから。彼はその願いを叶えるために自転車を走らせてくれる。だんだんと風が海のそばのそれに変わってきた。見えてくる青い絨毯。太陽に反射してきらきらして見える。とても綺麗だなと思ったら、それがそのまま口から出ていた。
「きれー!」
「って、ちょい!まだ叫ぶの早いって!」
「だって綺麗なんだもん!」
海も空も優しい青い色をしている。私達の制服の紺色よりも鮮やか。けれどどこか優雅な青。本当に、この青色を見つめて叫んだらとっても気持ちよさそう。私のちっぽけな悩みなんて、海の中に呑み込まれてしまえ。
「もっと飛ばして!」
掴まっている彼の肩を軽く叩く。スピードがぐんと上がった。全然怖くはない。むしろとってもいい感じ。海についたらなんて叫ぼうか。まずは彼に向けてのありがとうを大きな声で叫びたいな。


(……after 8/14)

8/22/2023, 12:08:09 PM

前髪切ったって?
そんな数ミリの違い気付けるわけないじゃん。ていうか自分で切ったの?それ。がったがただね。
何その爪。
ツイードネイル?ふーん、そんなの流行ってんだ。変な模様。悪趣味。
プリクラ?
やだよ、何でそんなの一緒に撮らなきゃいけないの。恥ずかしいったらありゃしない。あんな、自分の顔の面影無くすまで加工して何が楽しいんだか理解できない。
来週の土曜日?
いいよね、毎週遊び歩いてる人は。俺はお前と違っていつも暇じゃないんだよ。



でも。
どうしてもって言うなら予定空けられるか調整してやってもいいよ。どうせ遊ぶ相手探して捕まんなかったんでしょ。ダサすぎ。
まぁ、1日くらいなら付き合ってやってもいいけど?
その代わり、つまんないプランだったら却下だからね。俺だって忙しいんだから。お前のために時間を空けるんだから。そこんとこ、ちゃんと分かっててよね。
とりあえず、当日どこを見て回るか俺にプレゼンしてよ。てなわけで今夜電話してきて。忘れて寝たら許さないから。

8/21/2023, 11:48:41 PM

私が鳥だったら、すぐに飛んでいけるのになあ。

先月電話をした時、アイツはそんなことを言っていた。俺はそれに対して、何馬鹿なこと言ってんだよ、と言った気がする。その後鼻で笑ったと思う。鳥になって飛んでいくだなんて。そんな夢見がちなセリフ、今どき学生でも言わないんじゃないのか。
あれからアイツからの電話がかかってこない。月に最低でも3回程はかかってくるのに。今月は来週で終わろうとしているが、今のところ1度もアイツからの着信はない。最初のうちは特に気にもとめず、アイツも社会人なのだから忙しいんだろうぐらいに思っていた。だが今月半ばに差し掛かる頃には、さっさとかけて来い、と思うぐらいの苛立ちに変わっていた。俺と話したくて仕方ないんじゃないのか。俺の声が聞きたいくせに。鳥になったら、真っ先に俺のもとへ飛んでくるくらい好きなくせに。いつまで強がりを気取ってやがる。そう思いながら自分の携帯を操作する。アイツの番号を表示させ“発信”をタップした。ここまでほとんど無意識の行動だった。
『……ふあい』
「なんだその声は。まさか寝てただなんて言わねぇよな?」
『……え、あ、あれ?』
電話の向こうは間抜けな声を発した後、突然慌てだした。なんで、とかどうして、ばかりが聞こえてくる。どうして、だと?お前がさっさとかけてこないからに決まってんだろうが。そう言ってやろうと思ったが寸でのところで言葉を呑み込む。嫌味を言うより先に、聞きたいことがあった。
「なんで電話してこねぇんだよ」
『え、あの』
「本当に鳥になろうとでもしてたのかよ」
嫌味を言わないようにしていたのに、珍しく大人しいもんだから我慢できなくなる。別に俺はお前を虐めたくて電話をかけたわけじゃない。それくらいは、分かっているだろう?
『鳥になんて……なれるわけないよ。だから、すぐに会いに行けない』
「それが分かってるなら、以前のように電話してこいよ」
『うん……』
「なんだよ。言いたいことがあるならはっきり言え」
今は顔が見えない。でもどうせ暗くて冴えないツラしてるんだろう。柄にもなく我慢しやがって。さっさと言ったらどうなんだ。
「おい――」
『さびしいよ』
蚊の鳴くような声だった、けれどはっきりと俺の耳に届いた。ついでに鼻をすする音も。
「バァカ」
馬鹿は俺なのかもしれない。今、まさしくお前と同じことを思ったぜ。この瞬間俺が鳥だったなら、真っ先にお前のもとに飛んでいく、ってな。
「お前がならないのなら俺が鳥になる」
『え?』
コイツは何言ってんだ、とでも言いたげな間抜けな声だった。俺だってそう思う。お前が言い出したことなのに、なんでそんなことを言うんだろう。自分でも良く分かっていないのに口をついて出た言葉だった。
「来週末にそっちへ帰る。だからお前のもとに飛んでいってやるよ」
鳥になるなんてもともと簡単なことだったんだ。そばに居られなくなったことで改めて気付く。どこにいても空は1つしかない。たとえ今俺の見ている空が青くて、お前が見えるのが夜空であろうと。
飛ぼうと思えば、いつでも飛べる。



8/21/2023, 4:19:32 AM

店に入ると既に窓際の席に座っていた彼女が気づいてこっちに向かって手を振ってきた。店員が察して、すぐにお水をお持ちしますね、と言って厨房の方へ消えていった。
「ごめんね、待った?」
「ううん、さっき来たとこだから大丈夫」
このカフェの窓際の席からは外の公園が見える。そこにはまぁまぁ立派な並木道があって、秋になると葉っぱが綺麗に色づき写真を撮りに沢山の人が訪れるのだ。僕らも毎年あの並木道の下を歩いた。秋が深まって来た頃合いには写真も撮った。その時期までもう間もなくだけど、今年はそんなことをしないだろう。なんなら、この店に2人で来るのも今日で最後になるはずだ。
「出発の日、決まったの?」
店員にアイスコーヒーを頼んでから僕のほうから切り出した。彼女はバッグから1枚のチケットを取り出す。僕の苦手な英語がびっしり書いてある。かろうじて読めたのは“For Los Angeles”くらいだった。
「2週間後になったの。荷造り終わるか微妙でさ」
苦笑いを浮かべながら彼女は手元のティーカップに手を伸ばす。彼女が決まって頼むキャラメルマキアート。ほんのり見える湯気が上ってゆくのを僕はぼーっと見つめていた。そうしたら、彼女と目が合った。何を話そうか躊躇っていたら僕のアイスコーヒーが来た。気持ちを隠すように飲む。一気に飲みたかった。でも、これを飲み干したら今度こそ彼女とお別れなのを知っているからそれは容易にできなかった。
「お互い、身体にだけは気をつけようね」
彼女の声は何の翳りもなく澄んでいた。小心者の僕の心に刺さるような、凛とした声。彼女はもう、前を向いているのだ。止まっているのは僕だけ。それを思い知らされた声音だった。
「そうだね」
僕は相槌を打つだけで精一杯なのに、キミはもう、もっとずっと広いどこかを見ている。1つの別れを惜しむ時間はもう終わったんだろう。だからこんなにも真っ直ぐな表情なんだな。そんなキミを、未練がましい顔で送り出すのは良くないよね。キミが変わったように僕も変わらなきゃ。進まなきゃ。
「うまくいくことを願ってるよ。元気でね」
彼女の顔を真正面から見つめて言った。そして、残っていたアイスコーヒーを一気に飲み干した。彼女の瞳が真ん丸く見開かれる。その瞳の中に、硬い表情をした僕が居た。
「そろそろ行こうか」
「あ、うん」
伝票を取って立ち上がる僕の後を彼女が慌ててついてくる。会計を済ませて店の外に出た。相変わらずまだ日本の夏特有の湿気を纏った暑さが漂っていた。今年の夏も暑かったな。こんなに暑いんじゃ、あの木々が紅葉するにはまだまだ程遠い気がする。
彼女を近くの駅まで送るために一緒に歩き改札前で別れた。改札をくぐって、もう一度僕の方へ振り向いて最後にバイバイと手を振る彼女に僕も振り返した。これが正真正銘の、本当の別れだった。1人になってもと来た道を歩く。並木道の緑の葉がどこか生き生きとして見えた。この葉が赤や黄色になるまでに、僕は何か見つけられるかな。そんな、漠然としたことを考えると、不思議と寂しさなんて感情はどこかへ消えてゆくのだった。




Next