ゆかぽんたす

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私が鳥だったら、すぐに飛んでいけるのになあ。

先月電話をした時、アイツはそんなことを言っていた。俺はそれに対して、何馬鹿なこと言ってんだよ、と言った気がする。その後鼻で笑ったと思う。鳥になって飛んでいくだなんて。そんな夢見がちなセリフ、今どき学生でも言わないんじゃないのか。
あれからアイツからの電話がかかってこない。月に最低でも3回程はかかってくるのに。今月は来週で終わろうとしているが、今のところ1度もアイツからの着信はない。最初のうちは特に気にもとめず、アイツも社会人なのだから忙しいんだろうぐらいに思っていた。だが今月半ばに差し掛かる頃には、さっさとかけて来い、と思うぐらいの苛立ちに変わっていた。俺と話したくて仕方ないんじゃないのか。俺の声が聞きたいくせに。鳥になったら、真っ先に俺のもとへ飛んでくるくらい好きなくせに。いつまで強がりを気取ってやがる。そう思いながら自分の携帯を操作する。アイツの番号を表示させ“発信”をタップした。ここまでほとんど無意識の行動だった。
『……ふあい』
「なんだその声は。まさか寝てただなんて言わねぇよな?」
『……え、あ、あれ?』
電話の向こうは間抜けな声を発した後、突然慌てだした。なんで、とかどうして、ばかりが聞こえてくる。どうして、だと?お前がさっさとかけてこないからに決まってんだろうが。そう言ってやろうと思ったが寸でのところで言葉を呑み込む。嫌味を言うより先に、聞きたいことがあった。
「なんで電話してこねぇんだよ」
『え、あの』
「本当に鳥になろうとでもしてたのかよ」
嫌味を言わないようにしていたのに、珍しく大人しいもんだから我慢できなくなる。別に俺はお前を虐めたくて電話をかけたわけじゃない。それくらいは、分かっているだろう?
『鳥になんて……なれるわけないよ。だから、すぐに会いに行けない』
「それが分かってるなら、以前のように電話してこいよ」
『うん……』
「なんだよ。言いたいことがあるならはっきり言え」
今は顔が見えない。でもどうせ暗くて冴えないツラしてるんだろう。柄にもなく我慢しやがって。さっさと言ったらどうなんだ。
「おい――」
『さびしいよ』
蚊の鳴くような声だった、けれどはっきりと俺の耳に届いた。ついでに鼻をすする音も。
「バァカ」
馬鹿は俺なのかもしれない。今、まさしくお前と同じことを思ったぜ。この瞬間俺が鳥だったなら、真っ先にお前のもとに飛んでいく、ってな。
「お前がならないのなら俺が鳥になる」
『え?』
コイツは何言ってんだ、とでも言いたげな間抜けな声だった。俺だってそう思う。お前が言い出したことなのに、なんでそんなことを言うんだろう。自分でも良く分かっていないのに口をついて出た言葉だった。
「来週末にそっちへ帰る。だからお前のもとに飛んでいってやるよ」
鳥になるなんてもともと簡単なことだったんだ。そばに居られなくなったことで改めて気付く。どこにいても空は1つしかない。たとえ今俺の見ている空が青くて、お前が見えるのが夜空であろうと。
飛ぼうと思えば、いつでも飛べる。



8/21/2023, 11:48:41 PM