ゆかぽんたす

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8/20/2023, 8:51:49 AM

午後から天気は急速に崩れるでしょう。
朝のニュースで見た天気予報は見事に当たった。今にも泣き出しそうな空の色をしている。その予報を見たくせに、私は傘を持ってきていなかった。家に着くまでには何とかもつだろう、と高を括っていたからというのもある。その他に理由はもう1つ。傘を忘れれば、あの人に迎えを頼む口実ができるからだ。心配性な彼は私がメールで頼むより先に律儀にメッセージをくれた。
“雨降りそうだよ。迎えに行こうか?”
読みどおりのメール内容に笑いそうになるのを堪えながら返信を送る。よろしくお願いします。その数分後にすぐさま返事はやってきて、どこか近くの場所で時間潰して待っているように指示された。大人しく、改札を出たすぐそばのコンビニに入り立ち読みをして彼のことを待つ。適当に手に取った本は日帰り旅行プランを特集したタウン雑誌だった。温泉とか果物狩りができるツアーなんかも載っている。
カラフルでポップなページを眺めながら内心は冷めた気持ちを抱いていた。あの人が私を旅行に連れてってくれることなんてきっとこの先も一生無いんだろうな。家族が居て、帰る場所がちゃんとあるあの人には私と旅行に行こうなんて絶対に言えない。こうして、雨の日に車で拾ってくれるくらいの逢瀬しか許されないのだ。だから夢見ちゃいけない。高望みしてはいけない。願っていいのは、いつも帰る時間帯に雨が降りますように。それくらいしか、赦されないのだ。
やがて雨が降り出してきた。望み通りの天気になったのに、空模様と同じで私の心は晴れない。まるで自分の心が泣いてるよう。こんなこと、いつまでも続けちゃいけないのに。分かっているのに振り切れない。あの人が優しいからいけないんだ。私が、弱すぎるからいけないんだ。
小さく溜息を吐いて雑誌を元の位置に戻した。そろそろ彼が到着しそうなのでもう外で待つことにした。雨の匂いが辺りに充満している。別に嫌いじゃなかった。私の孤独を隠せそうなアスファルトの匂いだった。

8/19/2023, 8:21:58 AM

いつもの自分じゃないみたい。
涙で顔に張り付いた髪がぱりぱりになってる。
ねぇ、どうして泣いてるの。
そんな怯えた顔でこっちを見つめないで。
私は私を見捨てたりしないから大丈夫だよ。
鏡に映った私を慰めるのも励ますのも全て自分。
でも、涙を拭って頭を撫でることはできない。
鏡の向こうの自分には触れられない。
疲れた目をしてこっちを見つめてくる私。
どうしたら触れられるのかな。
傷みも孤独も分かってるつもりだけど。
どうしたってその肩を抱いてあげられることはできない。

8/17/2023, 12:32:48 PM

西陽を受けながら物を段ボール箱の中にしまってゆく。今日でこの部屋ともお別れだ。上京してからもう長らくずっとここにお世話になっていた。それを思うと急に感慨深い気持ちになる。
部屋中を占拠したダンボールの箱たち。ミニマリストになる、なんて言ってたのはいつだったか、この1LDKの間取りには様々なものが溢れていた。この引っ越しを機会に色々棄ててはみたけれど、それでも身軽と呼べるにはまだまだ程遠い。
そして今はコスメグッズを箱にしまっている最中だった。自分で買ったりプレゼントで貰ったり。いろんな経緯で私の手元に来たリップグロスは両手を使っても足りない本数になっていた。どれもこれもここ1、2年以内のものだから棄てるには勿体無い。一見似ているような色ばかりだけど、ブランドや使用感なんかが違うから同じものは1つも無い。
あまり深く考えずに箱の中へ突っ込んでゆく。最後の1本を手に取った時、はっとした。黒いパッケージに金縁があしらわれたリップ。だいぶ長いこと使った記憶はない。だってこれは、あの人がくれたものだから。キャップを外して中を繰り出してみた。ワインレッドのような深い紅色だった。私には絶対に似合わない色。でもあの人はこの色をチョイスして私にくれた。子供っぽく見られたくない、と当時私が言っていたから。それを聞いてこんな大人の色を買ってくれたのだ。結局使ったのは2、3回くらいだった気がする。だからまだほぼ新品同様の状態だ。
この色に似合う女にはなれなくて。彼のそばに居るのが怖くなって。次第に私たちの間に距離ができてしまった。離れる私を彼は追ってこなかった。その程度だったんだと思う。ただそれだけのこと。
そうやって思えていたのにまだこのリップを棄てていなかった。当時の私は、思い出をけなげにしまっておこうとでも思っていたのか。分からないけどどちらにしてももう、このリップの出番は一生無いと思う。
「さよなら」
箱にはしまわず赤いリップをゴミ箱に棄てた。
この思い出にもようやく、さようなら。

8/17/2023, 8:14:25 AM

試合終了のコールから1時間程が過ぎた。みんな殆ど帰ってしまって、視界に入るのは別の学校の選手やその応援に来ている人たちばかりだった。きっとこの後試合を控えている学校なのだろう。その表情は硬く、でも生き生きとしているようにも見えた。緊張と闘志が見え隠れしているような顔つき。頑張ってほしい、と思う。泣いても笑っても、その勝敗で次に進めるかが決まるのだから。

水飲み場のそばにあるベンチに先輩はいた。皆帰ってしまったけど、まだ彼は残っていた。肩にタオルをかけて座っている。私の場所からは後ろ姿しか見えないから、今彼がどんな顔をしているのかまでは確認できない。お疲れ様でした、と控えめに声をかけると先輩がこっちを振り向いた。目もとに涙は無かったから少し安心した。先輩は自分の座っている隣をぽんぽん叩いたので、私は黙ってそこに座る。
「負けちゃったよ」
「すごい接戦でしたね」
「まーね。でも、接戦だろうが負けは負けだからさ」
あーあ、と少し情けない声を出して先輩は足を投げ出す。こんな行儀悪いこと、普段だったらしないのに。口調もどこか稚さを纏っていた。きっと、私に気を遣わせない為にそんな真似をしている。
「お前を全国まで連れてくことができなかった」
ふっと笑って先輩が呟いた。その横顔を見ただけでこっちが泣きそうになってしまう。先輩の言う通り、さっきの試合は全国への切符を賭けた戦いだった。誰もが勝てると信じていた。ギャラリーに混じって私もそれを心から望んでいた。だけど結果は健闘及ばず黒星。夢は絶たれてしまった。
「悔しいなぁ」
わざと朗らかに喋る先輩の声がやたら耳に響いた。言葉の通り、1番悔しいのは紛れもない彼なんだ。だから私が泣くのはちょっと違う気がする。込み上げて来そうな気持ちを押し留めぐっと唇を噛んだ。
「ほんとうに、お疲れ様でした」
それだけ伝えて先輩の手をそっと握った。この手が、あの激闘を繰り広げてくれたんだ。ありがとう、お疲れ様。その気持ちを込めてぎゅっと両手で握る。
負けてしまったのは事実。だけど先輩は全力で戦ってくれた。そのことが、私にはとても嬉しくて誇らしい。


8/15/2023, 12:09:59 PM

数時間前までは美しい青だった。水面がきらきらしていて、太陽に反射するようにどこまでも澄みきっていた。それが夜になると全然違う景色になる。どこまでも広がる真っ黒い世界。音もない、生命感も感じない。うっかり気を抜いたら此方に襲ってきそうな夜の海だった。今みたいなメンタル状態の時にこんな場所に来ては行けない。全てを呑み込まれそう。夢とか希望とか、そういうポジティブなものはぜんぶ、真っ黒く汚されてしまいそう。
まだ、やれるのに。私はまだ頑張れるのに。夜の海が私の心を孤独にしようとする。そんなものに負けては駄目だとようやく重い腰を上げた。もう少し強くなれたらまた改めて夜の海を眺めに来よう。そう誓って、自分のあるべき場所に戻ろうと踵を返す。
その時、生ぬるい海風が髪を揺らした。海が行くな、と言っているのか。はたまた私の背を押す優しさなのか。分からないけど、汐の風は流れそうになった私の涙をうまいこと止めた。

もう少し、あと少し強くなれたら。夜の海を好きになれるかもしれない。

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