ゆかぽんたす

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西陽を受けながら物を段ボール箱の中にしまってゆく。今日でこの部屋ともお別れだ。上京してからもう長らくずっとここにお世話になっていた。それを思うと急に感慨深い気持ちになる。
部屋中を占拠したダンボールの箱たち。ミニマリストになる、なんて言ってたのはいつだったか、この1LDKの間取りには様々なものが溢れていた。この引っ越しを機会に色々棄ててはみたけれど、それでも身軽と呼べるにはまだまだ程遠い。
そして今はコスメグッズを箱にしまっている最中だった。自分で買ったりプレゼントで貰ったり。いろんな経緯で私の手元に来たリップグロスは両手を使っても足りない本数になっていた。どれもこれもここ1、2年以内のものだから棄てるには勿体無い。一見似ているような色ばかりだけど、ブランドや使用感なんかが違うから同じものは1つも無い。
あまり深く考えずに箱の中へ突っ込んでゆく。最後の1本を手に取った時、はっとした。黒いパッケージに金縁があしらわれたリップ。だいぶ長いこと使った記憶はない。だってこれは、あの人がくれたものだから。キャップを外して中を繰り出してみた。ワインレッドのような深い紅色だった。私には絶対に似合わない色。でもあの人はこの色をチョイスして私にくれた。子供っぽく見られたくない、と当時私が言っていたから。それを聞いてこんな大人の色を買ってくれたのだ。結局使ったのは2、3回くらいだった気がする。だからまだほぼ新品同様の状態だ。
この色に似合う女にはなれなくて。彼のそばに居るのが怖くなって。次第に私たちの間に距離ができてしまった。離れる私を彼は追ってこなかった。その程度だったんだと思う。ただそれだけのこと。
そうやって思えていたのにまだこのリップを棄てていなかった。当時の私は、思い出をけなげにしまっておこうとでも思っていたのか。分からないけどどちらにしてももう、このリップの出番は一生無いと思う。
「さよなら」
箱にはしまわず赤いリップをゴミ箱に棄てた。
この思い出にもようやく、さようなら。

8/17/2023, 12:32:48 PM