ゆかぽんたす

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7/15/2023, 12:21:27 PM

「もう、終わりにしよう」
夜の東京を一望できるレストラン。コースの最後に出てきたデザートにフォークを刺しながら、彼女が言った。
「意味が分からねぇな」
「だから、もう別れましょうってこと」
「そういうことじゃねぇよ。何をもって、そんな寝惚けたこと言ってんのかって聞いてんだ」
別れたがる理由に心当たりも何もない。暫く黙り込んで彼女はケーキを一口、口に運ぶ。実に不味そうに食いやがるな、と思った。
「……もう、好きじゃなくなった」
「嘘だな」
「じゃあ、好きな人ができたの、私」
じゃあって、何だよ。嘘をつくならもっとマシにつけないのか。そもそも、嘘をついてまで俺と別れたいのか。彼女の意図が全く読めない。深くは問い詰めないが、代わりに、「断わる」とだけ答えた。もっと正当な、こっちが納得するような理由じゃない限り、そんな狂言は認めない。
「……聞いちゃったんだよ」
「あ?」
「海外赴任の話をもらってるんでしょう……?」
もう彼女はケーキを食べるのをやめてしまった。こちらをじっと見ている。灯りの弱い店内でも、目が充血しているのが分かる。
「おめでとう。すごい、大抜擢だね。向こうでも頑張ってね、だから――」
「だから、私はそんな遠い距離に絶えられないから別れてほしい、と?」
「……」
「お前の俺への愛はその程度なのか?」
彼女は目を伏せきゅっと唇を噛む。こんなに綺麗な景色と豪華な料理だったというのに、その顔は何だ。そんな顔をさせるためにここへ連れてきたんじゃない。
「本部にはもう答えを出した。こっちの引き継ぎなりを済ませて、2ヶ月後には日本を発つ」
「そう、なんだ」
「だからその2ヶ月の間にお前の苗字も変える」
数秒間の沈黙。淀んでいた彼女の瞳が次第に大きくなっていく。口まで半開きになってとんでもなく阿呆面だった。うっかり笑ってしまいそうになる。それをなんとか堪えて、胸ポケットから小さな箱を取り出しテーブルに置いた。
「お前も一緒に来い」




7/14/2023, 1:21:30 PM

7月14日 晴れ
滅多に風邪をひかない貴方が朝から咳き込んで調子悪そうにしていた。夏風邪かな、なんていいながらいつものようにネクタイを結ぶ。心配だから帰りに医者に行ってくれば、という私の言葉に、そうするよ、と言って出勤していった。

7月21日 晴れ
すぐに来てください、という病院からの連絡に慌てて2人で向かった。そのまま、あれよあれよというようにMRIやら精密検査を促され即入院と言われた時は胸が締め付けられるような気持ちになった。貴方は、いつもと変わらぬ笑顔で大丈夫だよ、と私に言った。でもまさかこれが最後の会話になるなんて。

8月3日 晴れ
ICUの中にいる貴方へガラス越しに言葉を送る。早く良くなってね、大好きだよ、私がいるよ。しっかりしなくては。私が希望を失ってはいけない。なのに、どうしてこうなったんだという気持ちが頭の中を占拠している。ちゃんと貴方は目を覚ますよね?

8月15日 晴れのち雨
ひどい夕立と雷雨で家の近所では停電が起きた。雷は大嫌い。いつもは貴方がいてくれるから何とかなるけれど、今はこの家に独りぼっち。早くまた、いつものように一緒にこの家で過ごしたい。それ以上のことは願わないから。どうか神様、あの人を救ってください。

9月25日 曇り
あっという間に夏が過ぎた。それでもまだ毎日暑いのだけれど。貴方がベッドで眠るようになってから丸2ヶ月が過ぎた。貴方が眠っている間に夏は終わってしまった。行こうとしていたお祭りもヒマワリ畑も行けなかった。でも、来年は必ず一緒に行こうね。目を覚まさない貴方にそう語りかけた。

9月26日 雨
貴方は、雲の上に旅立ってしまった











9月30日 雨
秋の長雨が続いている。
葬儀屋の人に、遺影にする写真を提供するように頼まれたので戸棚の中を漁る。2人の思い出が色々入っている箱があってそっと開ける。付き合い当初に貴方がくれたキーホルダーとか、旅先で引いた大吉のおみくじとか。2人とも好きなバンドのライブの半券、花束をくれた時に結んであったリボンだって取っておいてある。
その中に封筒を見つけた。忘れもしない、これはプロポーズの時にもらった貴方からの手紙。淡い水色の便箋に、お世辞にも上手と言えない字体で愛の言葉が綴られていた。

“これから先、どんな時でも手を取り合っていこう”

手紙の締めくくりの言葉を読んだ時には、私は気が狂いそうなほど泣き叫んでいた。


10月2日 晴れ
棺の中で花たちと眠る貴方に最期のお別れをする日。貴方はとても穏やかな顔をしている。
そっと、貴方の手に触れる。いつも温かいはずが今日はとてもひんやりしている。冷え性の私よりもずっと冷たい。
伝えることがありすぎて、何から言えばいいのか分からない。伝えるにはあまりにも短すぎる時間。いつでもこの手を取り合って、ずっとずっと一緒にいたいけど。それはもうできない。だから、最期に、貴方の手をぎゅっと握って囁いた。

ありがとう。
愛してる。

またね。


7/13/2023, 1:09:15 PM

オレはアイツよりもアタマがいい。こないだの算数だって100点だった。アイツのは、うしろからこっそりのぞきみしたら37点だった。ザマアミロと思った。
うんどうだってオレはとくいだ。50メートル走はクラスで1ばん。あのノロマは10ビョウいじょうかかってる。ジョシにもぬかされてて、ホント、ダサイヤツ。

今日の体育も走るのかと思ったけど、先生がみんなをビョードーに分けて4チームにわかれてタイコーリレーをしましょうと言った。クラスで1ばん早いオレは青チーム。あのノロマは……おなじ青チーム。なんでだよ。先生にコーギしたら、
「翔くんはクラスで1番早いけど、優くんは走るのあんまり得意じゃないの。だから同じチーム。これが平等」
さいあくだ。こんなオニモツいらない。チームであつまって走るじゅんばんを決めるとき、ノロマがオレにむかって「よろしくね」と言ってきた。けどオレはムシをした。
「いちについて、よーい、どん!」
「いけー!」
「がんばれーっ」
先生の声のあとにピストルがきこえて4人のソーシャがいっきに走りだした。オレのチームのヤツは、2ばんだ。オレのばんまでこのままいけば、かてる。さいごにオレがぬけばいいんだ。
「あっ」
オレのチームのヤツがバトンパスがうまくいかなくておとした。あのノロマだ。
「……なにやってんだよ」
いっきにオレのチームはペケになった。オレにまわってくるときにはものすごい差をつけられていた。めちゃくちゃがんばったけど、けっきょくリレーはそのままビリでおわった。アイツのせいだ。アイツがよけいな足ひっぱったせいで、まけた。
「あの、翔くん……」
うしろから名前をよばれた。ふりむかなくても分かる。オレはもっていたバトンを地面に思いっきりなげおとした。
「オマエのせいでまけちゃったじゃないかよっ」
「……ごめん」
ムカつく。コイツのせいでまけた。コイツがいなければぜったいにかてたのに。
「きゃー優くん!だいじょうぶ?」
ジョシの声にびっくりしてふりむいたら、やっぱりそこにノロマオニモツがいた。りょうひざが、血まみれだった。
「うわ、だいじょぶかよ、優」
「いたそう……」
「せんせーっ、優くんがケガしてまーす」
クラスのみんながノロマのまわりにあつまっている。はんたいに、オレのそばにはだれもいない。
「……んでだよ」
ソイツはヤクタタズだったんだぞ。イミ分かんねーよ。ムカついて、バトンをもう1回なげすてようと思っておちていたそれをひろった。大きい音だしたらだれかがこっち見てくれると思ったから。
でも、もうみんな保健室めざしてオレからずっとはなれていた。なんかもう、むなしくなってやるのをやめた。
ひろったバトンをじっと見ると、赤っぽい茶色っぽいよごれがついていた。ハッとした。アイツの血だ。
「……バカみてえ」
でもやっぱり、言ったオレがバカみたいでむなしかった。

7/12/2023, 1:28:01 PM

下を向いていれば誰とも目が合わなくて楽だ。だから自然といつの間にかそうしていた。だけど、そうすると今度は歩いてる時に人とぶつかる。考えた結果、僕は相手の足元あたりを見て行動することにしたんだ。電車に乗る時も、近所のスーパーに行く時も。大学の学食に行く時だってそうしている。目に飛び込んで来たのは濃い紫色。和名だと菫色と表現するのが相応しいのかもしれない。僕が学食でカツカレーを頼もうとしている時にふわりと視界に入り込んできた。ふわふわ揺れるそれは踊っているようにも見える。というか、まさしくこれは踊っているのだろう。紫色の下から突き出た足がその場で軽くステップを刻んでいる。いったいどういうつもりなんだ。カレーのことを一瞬忘れるぐらい、この紫の主が気になる。何があっても、これまでずっと視線は斜め45度以下を徹底してきたというのに。
とうとう我慢ができなくてゆっくりと目線を持ち上げる。僕の目の前に居たのは、紫色のシフォンスカートを履いた女の子だった。スカートだから女なのは当たり前なのだけれど。彼女と初めて目が合う。瞬間にどきりとした。向こうは僕に向かって笑いかけた。知り合いでもないというのに、何故。僕は言わずもがな挙動不審になってしまう。再び下を向こうとする僕に、彼女は、ねぇ、と話し掛けてきた。
「ラスト1食らしいの。譲ってくれない?」
「……へ」
彼女は僕の後ろを指差す。そこにある壁には“カツカレー1日限定20食”という張り紙。
「……あ、どうぞ」
「ありがとう」
にこりと笑って彼女は僕の前に並ぼうとする。けれど、もう一度僕の方に振り返って、
「今みたいに顔上げてたほうがいいよ。余計なお世話かもしれないけど」
そう言って、男ばっかりのカレーの行列らしき人集りの中へ紛れていった。



7/11/2023, 10:50:41 AM

未読のままのLINEが1件あるんだよ。
キミからの最後のLINE、もう12年もそのままにしてあるの。
受信日時は3月11日 14時42分。
トーク画面を開かなくても見える部分が、
“今日は定時であがれそうだよ”。
もしかしたらこの続きがまだあるのかもしれないけど
確かめてないから分からない。
確かめる勇気がない。
そうしたところでキミは絶対に帰ってこないから。

あの日本当に定時で帰ってきてくれてたなら
夕飯はキミの好きな唐揚げにしてたと思うよ。
たまには飲もうかな、って、ずっと前に買ってたお酒も用意してさ。
食べ終わったら、一緒にマリオカートやろうって言ってたかも。
でも結局、私もそんな状態じゃなくなって考えてたこと何ひとつ出来なかったんだけど。
唐揚げは愚か、冷蔵庫も流されちゃったから。

あの時すぐにLINEに気付けてたら。
返事をすぐに返せてたら。未来は変わったのかな。
考えても仕方のないことをまた考えてる。
心がどん底の時は今でも、キミはいつ帰ってくるんだろう、って思っちゃう。
マリオカートだって、1人でやってもつまんないよ。
辛いよ。
寂しいよ。
なんか言ってよ。

ねぇ、

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