ゆかぽんたす

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下を向いていれば誰とも目が合わなくて楽だ。だから自然といつの間にかそうしていた。だけど、そうすると今度は歩いてる時に人とぶつかる。考えた結果、僕は相手の足元あたりを見て行動することにしたんだ。電車に乗る時も、近所のスーパーに行く時も。大学の学食に行く時だってそうしている。目に飛び込んで来たのは濃い紫色。和名だと菫色と表現するのが相応しいのかもしれない。僕が学食でカツカレーを頼もうとしている時にふわりと視界に入り込んできた。ふわふわ揺れるそれは踊っているようにも見える。というか、まさしくこれは踊っているのだろう。紫色の下から突き出た足がその場で軽くステップを刻んでいる。いったいどういうつもりなんだ。カレーのことを一瞬忘れるぐらい、この紫の主が気になる。何があっても、これまでずっと視線は斜め45度以下を徹底してきたというのに。
とうとう我慢ができなくてゆっくりと目線を持ち上げる。僕の目の前に居たのは、紫色のシフォンスカートを履いた女の子だった。スカートだから女なのは当たり前なのだけれど。彼女と初めて目が合う。瞬間にどきりとした。向こうは僕に向かって笑いかけた。知り合いでもないというのに、何故。僕は言わずもがな挙動不審になってしまう。再び下を向こうとする僕に、彼女は、ねぇ、と話し掛けてきた。
「ラスト1食らしいの。譲ってくれない?」
「……へ」
彼女は僕の後ろを指差す。そこにある壁には“カツカレー1日限定20食”という張り紙。
「……あ、どうぞ」
「ありがとう」
にこりと笑って彼女は僕の前に並ぼうとする。けれど、もう一度僕の方に振り返って、
「今みたいに顔上げてたほうがいいよ。余計なお世話かもしれないけど」
そう言って、男ばっかりのカレーの行列らしき人集りの中へ紛れていった。



7/12/2023, 1:28:01 PM