言葉にならないもの
それって本心ではないか。
言葉に出来ずに心の檻へ閉じ込めて。
何時か鍵が開く日を待っている。
閉じ込められているものは自分にも分からない。
だから言葉に出来ない。
溜まるものは溜まる。
そして沈殿して澱のように濁っていく。
体に鉛をつけたまま海に沈むように。
記憶の中でトラウマとワルツを踊る。
顔は見えないのに嫌なもの。
だから言葉に出来ない。
吐き出せたら楽なのに。
それを見つけた瞬間本心も消える。
秘め事がある方が綺麗だから。
秘めていることが本心だから。
綺麗でいたくて繕った。
本心を嘘のヴェールで濁した。
そうしたら嘘が熔けた。
嘘も本心も混ざった。
機能のしないヴェールは消えた
お手をどうぞと笑いかける過去のトラウマ
あと何回踊れば言葉にできるかな。
心中地雷だらけの地面を何時か更地にしたい。
本心を出したいから。
だけどまだまだ見つからない。
本心って何だろう。
今日も知らない人の隣で私踊らされてるの。
それが嬉しいことであるかのように。
言葉に出来ないな。
だって本心って
真夏の記憶
寝苦しさで目を覚ます。
いつの間にか魘されていたのか身体と布団が分離されている。
部屋の隅に置いてあった一人で寝るにしては大きめのベッドからカーテンのように垂れてしまっている。
四肢は投げ出してあり冷や汗が止まらない。
体が思うように動かない。
手足が痺れているのか、何か身体の中に磁石でも埋め込まれていてベッドに引き付けられているのか。
水が飲みたい。
そう思い立ってから身体を動かすのには時間がかからなかった。
なんだ、理由があれば動けるじゃないか。
ついでに用を足しにでも行こう。
軋む階段を着実にゆっくり手摺を掴んで進む。
下に行けば行くほど空気が蒸し暑く蒸籠のようであった。
俺は餃子でも小籠包でもましてや茶碗蒸しでもないぞ。
そんな馬鹿げた思考が熱に犯された脳内を横切る。
あぁ、茶碗蒸しと言えば今度友達でも誘ってゆっくり百円寿司にでも行こうか。
そう思っていた時だ。
下に着きリビングを通り越しキッチンへ着いたとほぼ同時にいきなり冷蔵庫から機械音が鳴った。
「冷蔵ドアを開けた回数が今日三十五回目になりました。」
明るい女性音声が暗い部屋に木霊する。
嘘だろ?
俺はまだ今日一回も開けてないぞ。
何かのシステムエラー、ゲームで言うバグだな。
よし、と自分を勝手に納得させた。
それか母親が開けたのかもしれない。
朝ごはんの仕込みもあるだろう。
それだ、絶対それだ。エラーやバグより現実的だ。
何にしろ俺は触ってない、うん。
縦長のプラスチック容器に入った麦茶を自分のコップへ注ぐ。
そして冷たいうちに飲み干す。
うん、何時もと変わらない。
香ばしい匂いが鼻を突きぬけ冷たさが喉に張り付くからとても気分がいい。
そういえば麦茶に牛乳を入れると珈琲牛乳になると風…まぁ電子の噂で聞いたが今度やってみよう。
本日二度目のくだらない思考と目の前の空になったコップへ意識を奪われていると不意にリビングのエアコンがついた。
何故だか分からない。
どうしてついたのか、親が起きた気配は無い。
電気代が勿体ないだろ、誰も来ないし。
そう思い冷蔵庫に麦茶をしまいコップをシンクへ置く。
起きた自分へのミッションとしてだ。
決して面倒臭い訳ではない。
自分の中で何かに向いながら言い訳をしてリモコンを握る。
すると違和感が。
風が暖かい。
リモコンは暖房二十六度設定。
何故こんなに暑いのに暖房をつけるんだ。
悪趣味だな、俺はマゾヒストじゃないぞ。
え?
可笑しい。
可笑しい可笑しい。
俺何も触ってない。
タイマーも設定してない。
そして何で暖房。
今は真夏。
ましてや夜も蒸し暑く寒いわけではない。
誰だ。
この家は、何が起きてる。
可笑しかった。
通常なら有り得ないことが起きてるから。
語彙力云々もうとうの昔に消えてて自分自身へのツッコミすら追いつかない。
背後でカーテンが揺れる。
見間違えだろうが艶のある黒髪を腰辺りまで伸ばした白い四肢をノースリーブのワンピースから覗かせた綺麗…かは分からないが整った顔立ちの女が見えた。
これって真逆、怪奇現象だったのか?
あの女の人、意外に可愛かったな。
え、嘘だろ?
俺の家に貞子似の女が……?
俺は夢だと思った。
だから急いで暖房を消して、階段を駆け上がった。
用を足そうとしてた頃の余裕のある考えなんかは記憶にすら残ってなくて。
月光が見せる幻覚だとも思った。
だけれど人のいる気配が微かにあった。
母親や父親とは違うまた別の雰囲気。
女性そのものには威圧感は無いはずなのに空気が重くて。
部屋に着いて白いレースカーテンに遮光カーテンを重ねる。
この部屋でもあの女を見たくない。
多分俺は叫び出すから。
そうしたら今度こそ親が起きてきて夜通し怒られて……
いや考えない。
居ないものに思いを馳せても無駄だから。
自室でセットしたタイマーで切れてしまったエアコンを再びつける。
二時間経てばきっと俺も泡沫に沈んでるだろう。
だからあれは夢だ。
だけど夢じゃないなら。
あれからは特に何も起きてない。
何も変わらない不思議な家だ。
俺は華の大学生。
今日からこの家は実家へと呼び名が付く。
俺の新居はここからそんなに離れていないが矢張り住み慣れた家だからか別れが惜しい。
だが俺も何時までも親の脛を齧って生きる訳にもいかない。
あの白い女もあの日以降現れなかった。
だが不思議な事にその日の朝目を覚ましたら俺の机の上にニゲラが飾ってあった。
あの女は夢で俺と仲良く話したかったのか。
何がしたかったんだよ。
喋らないと意味が分からないだろ。
馬鹿なのかあの女は。
シャイガールすぎだろ、花言葉とか。
そんなことを考えていたらトラックが来た。
本当に馬鹿だな。
俺に一言でいいから話せば良かったじゃないか。
俺お前の事引き摺って新居に白いレースカーテン使ってるんだよ。
だからちゃんと人間として現れろよ馬鹿。
お前の事友達に自慢して幸せにしてやるから。
あんな白いワンピースよりもっと高いウェディングドレス着せてやるからさ。
俺、お前にあの時歪められてんだ。
責任取れよ。
記憶に恋するとか馬鹿げてるだろ。
怖いし幸せな記憶ってなんだよ。
そうだ、そういえばあの家って実は
こぼれたアイスクリーム
甘くて冷たい液体が手首を伝う。
君からのオーダーが入る。
好きだった。
そんな事言うなよ。
過去形にして蓋を被せるなよ。
俺はまだ好きだ。
そんな思いも儚く溶ける。
まるで零れたアイスクリーム。
ストロベリーよりも甘い。
なのに後味は抹茶より苦い。
そしてラズベリーより酸っぱい。
楽しかったのは自分だけ?
気持ちも行動も空中ブランコ空回り。
頭もカラースプレーで霞む。
ラムネのように思考が弾ける。
バニラよりもクリアなのに。
チョコレートよりも執拗い気持ち。
分かりきった最後だけどさ。
まだ君からのお代は足りてない。
本当は諦めきれてないんだろう。
瞳が揺れてるから。
下唇に朱が滲むくらいの抑制。
何がそうさせているのか。
シークレットだから分からない。
いつか答え合わせをしよう。
それまでまだ味わっていいかな。
君という名の冷たい甘味を。
始めより温くて。
最後は淡く僕の手から零れる。
そう分かっているからこそ楽しいんだ。
やさしさなんて
偽善的な声かけが胸を刃物のように突き刺す。
まだ頑張れるよね。
頑張れ。
君ならできるよね。
大丈夫でしょ。
頼りにしてるよ。
優しいね。
強いね。
そんなもの私は求めてない。
私が欲しいものは寄り添ってくれる温度だけ。
何も言わずにそこにいて音を感じさせてくれたらいい。
期待してるからなんて言わないでよ。
それは優しさじゃなくて暴力だよ。
あなたは独りじゃないなんて、機械的に言わないでよ。
本気で私を想うならただ静かにそこにいて。
そしてお話を聞いて欲しいの。
よく頑張ったね。
もう大丈夫だよ。
きっととても疲れたんだよね。
お疲れ様。
同情なんていらないの。
私も同じって言わないでよ。
それが一番痛いから。
私だけの痛みのアイデンティティを奪わないでよ。
私もその時にねなんてやめてよ。
下手に同情しないで。
辛いのは私もって言ってるようなものじゃん。
偽物の慰めなんて要らないの。
それが優しさだとしても受け取りたくないの。
一方通行な自己満足を押し付けないでよ。
そう思って喉奥に貼りついた言葉は私の口内で舌に絡み
目の前にいるあなたの為に優しさで流し込んだ。
優しさなんて、結局は自己犠牲なんだよ。
風を感じて
純黒の髪の毛が光に揺れる
空に藍が咲き誇る
土を踏めば目に見えない幸せが音を立てずに消えていく
目には微かな熱を孕む
口元には妖しい程に美しい朱が落ちている
浴衣に身を包み明るく笑う君は花火よりも美しく
この瞬間1番輝いていた。
季節は変わる
平和と涼しさを運んで何時もと変わらぬ風が吹く
君は今頃遠い街
誰かと幸せになっている
私を置いていかないで
其れは風に呑まれてどこかへ消えた