風がゴオと吹いて、桜の花弁が舞い散った。向かい合うふたりの間ではしばしの緊張が続いていたが、
「いざ」
の言葉を合図にして戦いは始まった。鮮やかな身のこなしの中で、刀が交差するのが分かる。互角かと思われたが、決するときは一瞬であった。
「勝負あり、かな?」
相手の喉元に木刀を突きつけてから、芝居がかった口調で彼はそう言う。
「君には敵わないね、シロウくん」
握手を取り交わしながら賛辞を送る男は、不敵な笑みを浮かべていた。
「そんなこと言って、タケナミさんあなた手を抜いたでしょう」
口をとがらせるシロウをなだめるように、タケナミはおどけた声を出してみせた。
「なあんだ、バレてたのか。じゃあお詫びに一杯どうかな」
「ぜひに。日の高いうちから飲むお酒が美味しいのは、永遠に変わらない事実でしょうからね」
僕にとってここは監獄であった。チャイムがなれば三十人がせまい部屋に押し込められ、言葉を発することさえ僕にははばかられる。息を殺してその日が僕にとって何ごともない日にするために全神経を注いだ。ふたつ隣の席で人が殴られていようが、トイレの個室がひとつだけ水をかぶっていようが関係ない。
だけど、すり減らないように生きてきたはずなのに、どうしてこんなに疲れているんだろう。そんなことをぼんやり考えていたら、お弁当のからあげを落とした。僕は何もかも嫌になってしまった。
次の日、僕は家から持ち出した包丁で目についた生徒を全員刺してまわった。僕の世界が僕によって終わっていく。
「ハハ……なんてチンケな物語!」
パソコンの前でそうつぶやいていた。ほんとに出来たら、さぞ清々しい気分だったろう……。
母親の字で『30歳おめでとう』と書かれた手紙は捨てて、甘ったるいショートケーキを喉に押し込んだ。
夜になるといかにもな雰囲気が出て、前を通るだけでゾッとさせる、年季の入った教会が俺の町にはある。日曜になると神父さまのありがたくそして眠気を誘うお説教がこだました。
そしてこのボロい教会が、俺の住む町で唯一自慢できそうなものだった。もっと正確に言うと、教会の中に飾ってある絵がどうにも貴重らしい。昔有名だった画家に、町長のおじいちゃんのそのまたおじいちゃんが描いてもらったんだと誰かが言っていた。実際きれいな絵だと思う。
なので夜な夜な忍び込んで盗んだ。コレクターに売れば良い額になるはずだ。カジノでつくった借金は、死ぬまでまともに働いても到底返せそうになかった。
「それにこんな片田舎よりもっとお前の価値を分かってくれる場所があるだろう。」
誰にともなく言い訳して、額ぶちに手をかけた。子どもの頃に心奪われた目を見張る色彩や聖母の神々しさは、いまや俺の手の中ですっかり失われていた。
雪がちらついていた。今年もそんな季節かと、朝の用事を終えた私は押し入れをこじ開けた。お目当てはこの石油ストーブ。何年もそのままにしていたが、ぬくもりが恋しくて引っ張り出してみた。
「ふう、重いわね」
ほこりを軽く払って、壊れていないか点検する。改めて見ても、立派なストーブだと思う。祖母が譲ってくれた少々時代遅れなストーブは、私たち一家を温めるのには十分すぎた。
「灯油タンクはどこにしまったんだっけ」
あの赤い容器を思い浮かべながら再び押し入れに頭を突っ込んだ。
そしてしばらく探してから私はふと一昨年の冬のことを考えた。
「……。」
結局灯油タンクはホームセンターで買わねばならなかった。
役目を果たした扇風機を押し入れに片付けるとき、うっかり穴を開けてしまった話は内緒にしておく。
ここに入ってどのくらい経ったのだろう。灯りといえば小さなランタンぐらいで、洞窟の中はほとんど真っ暗に思えた。昔読んだ小説では、洞窟に閉じ込められた悪者がコウモリも捕まえて食べたのに飢えて死んでいたっけ。冷たい岩壁をつたってゆっくりと前に歩んでいく。ときおり完全な暗闇に包まれると、地図もコンパスも意味がないようにみえた。ロープを頼りにして、それでもこのような場所からは一刻もはやく抜け出さなくてはともがいて、とても長い時間進み続けた。
そしてそれは、突然あらわれた。あまりに急なことで自分が死んでしまったのかと錯覚さえしたほどであった。
そこには青碧に輝く水だまりと、他に類をみないような大きな鍾乳洞が厳かにもたたずんでいた。見上げると、陽の光が射し込んでいるのがおぼろげに分かった。
「美しい……。」
思わずため息がこぼれた。この景色を形容する言葉を俺は知らない。
やっぱり冒険家って最高!