私は今、多数の大人たちに見張られながらこの遺書を書いている。
仕様がないとはいえ、待っている最中の大人たちの周りには静寂が生まれていて、少し怖い。
死に怖気付く事無く この遺書を書き終え、躊躇いもなく殺されるつもりだったけれど、この静寂に包まれた部屋だとなんだか、今までの思い出が走馬灯のように溢れかえってくるな。
財産やこの家系の行く末は少しあとに書き留めるとして、私の人生を少しでも誰かに見てもらいたいと思って先に思い出を書かせて頂こうか。
そうだな、1番の思い出は、大花(ひろか)が生まれたことだろうか。
不妊に悩んでいた私たちの間にようやくやって来てくれたのが、大花だった。
産まれた時は、仕事もほっぽり出して会いに行ったし、イベントは全て出席した。
そんな大花が思春期、反抗期に差し掛かった時は凄く嬉しかった。
家系柄、大した犯行はさせなかったけれどね。
ボディガードもつけて遊園地も、1回だけだが行ったのを覚えている。
あまり、普通の家の楽しみを教えてやれなくてごめんな、大花。
と、まぁ。
未だに大人達が怖いので、無駄話はここまでにしておこうか。
私は今、散々やり合っていた加藤との決闘の末、命を代償にうちの家には手を出さない約束を取り付けてもらった。
俺が急に居なくなると厳しいかもしれんが、そこは我慢してくれ。
財産、跡継ぎは全て私の娘である大花に任せることとする。
これに意義がある者は、話し合いで解決して頂きたい。
武術においても、知能においても、大花は俺の数倍先を行く能力を持っているので、叶わないと思うが。
これからの幸運と発展を祈っている。
#静寂に包まれた部屋
私の身長は、152センチ。
私の頭の先から大体50センチ上にある横長の格子窓から見える外の景色が、私の全て。
物心ついた時から私はこの部屋で監禁されていた。
とは言っても、私が望むものはなんでも貰えたから本などで色んな教養を得た。
毎日ご飯を持ってくる人が、何でも教えてくれた。
格子窓から見える外は、青かった。
青々と茂った雑草と、雲ひとつ無い青空。
ここは半地下のようで、格子窓の底辺が地上の地面になっている。
……ここで、机にあるパソコンのメモ機能の文章は途切れていた。
きっと、遅かった。あの格子窓から、この子は新しい世界を見つけた。
何も出来ないだろうとあの男をほっておいたのが間違いだったんだろうか。
椅子に座り、窓を眺めてみる。
あぁ、青くて綺麗だ。
きっと、俺はあの子を、娘を縛り過ぎた。
いくら娘が悪だからって、外に出るのは許してやればよかった。
あの子の母親……つまり俺の妻は、あの子に殺された。
物心がつく前から、蟻などの虫をよく潰しているのを見ていた。
おかしいと感じのは、うちで飼っている犬を痛め付けているのを見つけてしまった時。
それから俺はこの家にあの子を監禁したけれど、外に出さないのは良くないと思って、妻が屋上で娘を遊ばせていた時だった。
妻を突き落とした。
それから、決してあの子を出すことはなくなった。
この世界に、あの子は合わないのだ。
済まなかった、もっと違うやり方があったのだろうか。
今悔やんでも、意味が無い。
窓から見える景色は、雨が降っていた。
#窓から見える景色
僕らはいつも形のないものを贈りあっていたな、と君が亡くなってから気付いた。
君の亡骸が手に入らないなら思い出に浸ろうと、君との写真などを見返していたけれど、写真数枚と手紙数通しか君との思い出はなかった。
あぁ、お互い愛の言葉はよく贈りあっていた。
これは期待込みだけれど、そこに愛情も含めてくれていたと思う。
あとは、実際二人で密会ばかりしていたもんだから、一般の恋仲が贈り合うような花束や小物入れなどの贈り物やメールのやり取りはほとんど無かった。
まぁその点で言えば、時間はお互い贈り合っていたのかもしれない。
君がそんなに機械に詳しくないもんだから、電話をするならスマフォなんか使わないで黒電話でしていた。
それも形の無いものだ。
この時はこんな電話をしたな、なんて浸りたいもんだけれど、何せ履歴なんて残らない。
あぁ、駆け落ちの様な関係で出会ったから、君との思い出しか手元には残らない。
僕がずっと生きていけば、頭の中の君は段々と色褪せていくんだろうか。
それは嫌だ。
ずっと心の中にいて欲しい。
1番に君を思い浮かべたい。
この形の無いものが、形になる時代まで、忘れたくない。
今すぐ、君のもとへ行こう。
#形の無いもの
僕の初恋はお前だった。
いや、正しくは記憶しているうちの初恋、だけれども。
お前に全てを捧げてきた。俗に言う青春だって、お前のせいでろくに恋愛せずに終わった。
それは、紛れもない事実だ。
けれど仕事柄、世間体、色んな目線としては諦めざるを得ない。
中学の頃惚れてから、早10年。
もう社会人として数年たったけれど、まだあいつのことを諦められそうにはない。
でも、もうやめにしよう。
この気持ちは持っていたらダメなもの。あいつにも迷惑がかかる感情だ。
いい加減結婚して、親に孫を見せてやらなくちゃ。
『達也の子はきっと綺麗になるんだろうね。
もうそろそろ、恋人ができてもいいんじゃない?』
母親だって、実家に帰れば安定を求めてくる。
お前に、離れようって、ダメだよって、言いたいのに。お前を目の前にすると、言葉が出てこない。
お前ともっと一緒にいたい。ずっと隣で笑っていたい。
この感情を、大事にしたい。
大介、愛してる。男同士は大っぴらになんて言えやしないけれど、結婚しよう。
おれらだけで、ちっちゃな教会を探して、信頼出来るやつだけを招待してさ。
お前のこと大事にさせてよ。
愛することを、誓います。
#大事にしたい
あぁ、時間よ止まれ!
藁にもすがる思いで神様にお願いしてみた。
俺は、時間を止める能力を持っていたのだろうか?
目の前でバットを振るっていた男がピタリと止まり、風によってひらめいていた服もその瞬間に止まった。
これは現実なのか?
だが、ちょうどいい。
この隙に逃げ出そう。
ぐりぐりと動いて……あ、れ、身体が動かない。
まて。俺はすごい勘違いをしていたのでは無いか?
時間が止まったからと言って、俺が動ける訳じゃない。
あぁ、神様。あまりにも非情ではないか?
現実はそう上手くは行かない。神様、早く人生を終わらせてくれ。
もう、時間はとめないから。
その瞬間、目の前は赤色に染まった。
#時間よ止まれ