お題:無垢
立てば芍薬座れば牡丹、歩く姿は百合の花。
清浄無垢な年若き少女。
周囲の人間は軒並み、俺の幼馴染・高瀬速海(はやみ)のことをそう評する。
野郎たちはどこでも下品な品定めトークを交わすものだけれど、彼女の前ではさすがに野猿のような性欲旺盛な奴らも気後れするらしい。
なんだっけ、「高瀬さんは聖域だから」「高瀬さんの耳を穢してはいけない」だとか言っていたっけか。
まじでウケる。
女性陣の口端にも上る言葉だけれど、男性陣の方でもこのように似たような会話がなされ、さながら密命を帯びた忍びよろしく徹底的に下ネタは彼女の周囲から遠ざけられている。
俺からしたら、ああ、うまくやってるなぁ、と思うのだ。
――……勿論、速海の方に。
夜七時半。すっかり慣れた手つきで、高瀬家のインターホンを押す。
「あ、逢士(おうし)、今開けるね」
見知った相手でも必ず来客が誰なのか、モニターで確認するよう昔から口が酸っぱくなるほど言ってきた。だからだろう、いつものことであっても彼女も慎重に対応してくれるようになった。
俺の家は母子家庭で、母は二人の生活を守るために必死に働いてくれている。とりわけ、中学に入った頃から朝な夕なと仕事に出ずっぱりな気がする。
無理だけはしないでほしいと常々話しているけれど、「大丈夫よ、逢士。母さん、子どもの頃から身体は結構強いの」と細腕の癖して力こぶを作る素振りをしながらにこにこ笑っているような人なので、多分今のところは大丈夫なのだろう…と信じている。
俺もアルバイトなどで働くと再三言っているのだけど、「高校生活を満喫してなさい」と、即却下されてしまっている。大人になったら嫌でも働かなくてはいけないのだから、子どもでいられる内はやりたいことを思い切り楽しみなさいというのが母の弁だ。その気持ちはありがたいし嬉しいけれど、今や母よりも自分の方が身体つきもがっちりしてきたから、そろそろ我が家の助けになれないものかと日々物思いにふけっていたりする。
ちなみに父親は物心つくより前に病死したらしく、俺は遺影でしか顔を知らない。
こういう環境なことを、俺の母親と幼馴染だった速海の母さんが気遣ってくれ、こうして夕飯に誘ってくれているのだ。初めは申し訳なくて遠慮していたのだが、母親同士で何かやり取りがあったようで、今は食事に参加する際、母から差し入れを受け取っていて、それを手渡すようにしていた。
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個人的備忘録
執筆時間…1時間程度
どうしても眠気に負けてしまった……ここまでが精一杯だった。
できれば後で付け足したいところ。
お題:終わりなき旅
やあ、おはよう。あれから二週間は経ったんだが、気分はどうだい?
普段通りか。そうかそうか。それは重畳。
身体のどこかに違和感はないかい? 痛む場所は? ふむ、特に問題なしか。
君が被検体になると自ら申し出てくれた時には本当に驚いたよ。僕がしている実験の話をいつも怖がっていたしさ。
こちらとしても、怖がるのも無理はないと思っていたよ。それなりに酷いこともたくさんしてきているからね。
古来より、欲の深い資産家(スポンサー)が追い求めてやまない不老不死。それを成すために、僕たちは本当になりふり構わずありとあらゆることを試してきていた。その結果、今回君に受けてもらった身体のパーツの取り換え手術にたどり着いたって訳だ。まぁこの辺は君に何度も聞かせていたことだから、そろそろ耳にタコができていてもおかしくはない頃だね、ははは。
神経回路なんかはそのまま活かさせてもらっているけれど、まぁ当初の話通り、君の身体はほぼ全て機械化させてもらっているよ。機械ではあるけれど、一般的な人間と大差のない容貌に色々手を加えて調整してある。ついでに言うと、二週間前の君と見た目上はほとんど変わらないように作り上げてあるから安心してもらっていい。
とはいえ、君に被検体となってもらったことからも分かるように、まだこの方法の安全性や有効性は未知数にある。つまりは発展の途上にある訳だ。もしかしたらこの先、君の身に僕らですら予想し得ないような何事かが発生する可能性もあるということでもある訳だ。事前に伝えてはいたけれど、改めて伝えておくからね。
君が被検体になってくれたからには、僕も必ず約束を守ろう。君の弟や母親がこの先、食いっぱぐれないように経済的な支援は惜しまないし、君の想いに最大限報いるつもりだ。
これから先、君は永遠の旅のような人生を送ることになるだろう。まぁ、この手術の安全性や有効性がはっきりとしたら、の話ではあるから、まだ「取らぬ狸の皮算用」かもしれないがね。
それでも、僕は現段階でも既に今回の手術に関しては結構自信があるんだ。これまでのトライアンドエラーのおかげで、過去の被検体のデータもそれなりに集まっていたしね。
それで、君のこれからの話になるんだけどさ。
僕が生きている内は君のメンテナンスをしっかり行おう。君自身にも、そのやり方はおいおい少しずつ手ほどきしていこう。そうすれば、僕がこの世を去っても君が一人で生きていけるだろうから。
そう、君はこの地球上の誰よりも長生きするんだ。そして、この国や世界中の歴史、文化の変化などを見守り続けて、できるものなら記録にまとめてほしい。
今、僕たちの研究と並行してコールドスリープの技術もあちこちで盛んに行われている。もしかしたら、いつか僕らが死んで随分経った頃、コールドスリープから目覚めた人がその記録のデータを指標に生きていくかもしれないからさ。え? 責任重大だ、って? 大丈夫。同じことを頼んでいる被検体はたくさんいるから、そこまで気を揉まなくていい。
ああいや、そうじゃない。君を信用していないのではなく、情報は多ければ多いほど精度が増すからね。
まぁ、とはいえ、まずはあと数日はこのまま無理せず静養したほうがいいだろうね。
とりあえず、僕からは今のところこのくらいかな。
それでは、また。夜に様子を見に来るよ。それより前に何か用向きがあれば、枕元のナースコールを押してくれ。
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個人的備忘録
・執筆時間…約1時間
これまでの作品もそうだが、書いている途中に眠くなりながら後半の方は書いている。大体夜22時以降に書き始めていることが多いからだろう。
お題:「ごめんね」
二階の一室を開け、スイッチを押して薄明かりを得ると、部屋の端まで歩いていき、カーテンを開く。
更に窓を開け、雨戸を開けた。
ゆるりと見上げれば、どんよりとした曇り空。それでも天気予報では一応、一日雨は降らないという。
換気のため、暫くは網戸にしておく。
部屋を出て突き当りの納戸に、掃除機が決まってある。取り出して、先ほどの部屋に引き返す。
ここにあったベッドは随分昔に隣の家で暮らす曾祖母に譲り渡した。高齢になり、布団での寝起きが辛くなったためだ。その曾祖母も、もういない。
大きく場所を取っていた家具が取り除かれたこの部屋に掃除機をかけるのは、物理的にはさほど苦ではない。
カーテンレールには、千羽鶴が飾られている。CDコンポの上には、大勢の友人がサインをしてくれた大きなぬいぐるみもある。勉強机の上には学校の教科書やノートが行儀よく並んでいる。
部屋の中は、ずっと様子が変わることがない。そこだけ見ると、あれからどれだけ月日が経ったのか忘れそうになるほどだ。
5歳上の兄が海外で事故に遭い、生死の縁を長いこと彷徨った後、そのまま帰らぬ人になってからもうすぐ21年が経とうとしている。
中学3年生の受験も間近という頃のできごとで、当時は精神的にどん底まで落ちて勉強も手につかなくなった。
プロになるつもりはないかとまで打診を受けたのに、習っていたピアノを続けられるような心境では到底無かった。
それに、実際問題として、続けられるような環境ではなくなった。
まだ若かった兄は海外旅行保険など知らなかったのだろう。それに入ることをせず国外に出ていたため、入院や治療にかかる費用は莫大なものとなって我が家に襲いかかった。
とても月7000円のレッスンにお金を出せるようなゆとりはなかった。
周囲の人間全てが妬ましく見えた。お金持ちな家の子も、きょうだい喧嘩をしたと文句を言う友人も、きょうだいが無事ないとこも、誰も彼もがずるく見えた。なんでこんなに不平等なんだと、うんざりした。
そうなると、皆とどんな風にこれまで会話していたのかが分からなくなってしまって、次第に疎遠になってしまった。
そして同時に申し訳なく思った。なぜ死んだのが自分ではなかったのだろうと、何度も何度も何度も何度も嫌になるほど責めた。
兄は誰からも好かれていたし、幼い頃から自分の信念を貫き、夢に向かって努力を続ける人だった。
それに引き換え私は、大してできることもなく、人からもさほど好かれない。兄のような信念も夢もない。誰だって思うだろう。兄の方が生きるべきだったと。
今でも、何度も何度も何度も何度も、嫌になるほど繰り返し思ってしまうのだ。
ごめんね、死ぬのが私ならよかったね、と。
そう謝りながらも、やっぱり死ぬのがどうしても怖いのだ。あまりに矛盾している。
このことについて考え出すと心はずぶずぶと沼に沈み、そのまま何もできないくらいに落ち込んでしまう。もう21年近くこんな日々を繰り返している。
兄へのせめてもの手向けとしてこうして部屋を清めはするものの、それで何かが変わるかといえば決してそうではないのだ。いくら綺麗にしてももう兄がこの部屋で過ごすことは決して無い。この部屋はずっと、主の訪れを待ちわびているというのに。
掃除機をかけながら、何度も心中で謝る。
それに返る言葉はなく、ただ静かな部屋が私を冷ややかに見つめているだけである。
お題:半袖
じわじわと、こもるような蒸し暑さが辺りを包む。
初夏という割に、既に夏のような暑さだ。
春と秋が本当に短くなってきた、と大人は口々にそこかしこで言っている。親も担任の先生も、暑くなったり寒くなったりする時期には大体恒例のように言っているから、多分昔はもっとちゃんと春も秋もあったのだろう。夏も冬も色々体調管理に気を遣わないといけないから、昔が羨ましい。
春なんだか夏なんだかよくわからない暑さを耐え忍び、ようやく待ちに待った衣替えの時期がやってきた。
肌にべたべたひっついて鬱陶しくて長袖なんか着たくないのに、暑くてもずっと着なくてはいけないのが嫌だった。校則って何のためにあるんだろうと、時折首を傾げたくなる。
クローゼットから、真っ白いシャツを取り出してすぐ羽織る。長袖と違って、腕に風がちゃんと当たる。それだけでずいぶんましに感じられた。
身支度を整えてリビングに戻り、兄が作ってくれたクロックムッシュにありつく。
「美味しい……!」
思わず口元が緩んでしまう。
「そりゃよかった」
一足先に食べ始めている兄が満足気に笑っている。勿論兄の朝食も彼自作のクロックムッシュだ。
兄は調理の短大に通っている。でも、そこに通う前から十分料理が上手だった。仕事で不在がちな両親に代わって、いつも食事を作ってくれていたのだ。兄が作る料理はどれも本当に絶品で、弟の欲目を抜きにしてもすごく美味しい。
前に話してくれたのだけれど、小さい頃から、両親の助けになりたくて料理を頑張っていたらしい。僕が物心ついた頃には、確かに兄はよく台所に立っていた。
「いつもありがとうね、葵兄(あおいにい)」
「こちらこそ、いつも美味そうに食ってくれてありがとな。作り甲斐がある」
ぽんぽん、と頭を大きな手で撫でられて、気恥ずかしいけれどやっぱり嬉しい。多分兄も気づいていると思うけれど、僕は結構なブラコンだと思う。何でも一生懸命頑張るところとか、いつも穏やかで優しいところとか、兄の色んな面を本当に尊敬しているし、僕もいつかそんな大人になりたいなと憧れてもいるのだ。
「そういえば、ようやく衣替えか」
「そうなんだよー、やっと!」
「ずっと、暑い、暑いって言ってたもんな」
「本当だよー」
「短大だとその辺は自由だからなー」
「僕も早く大人になりたいなぁ……」
こうしなさい、ああしなさい、これを守りなさい、と言われ続ける日常に、時折ちょっと窮屈に感じてしまう。
思わずぷーっとむくれる僕の頬をちょいちょいとつついて、兄がくすくすと笑った。
「今はそう思うだろうけど、俺なんかは逆に、聖(さとる)の頃に戻りたいなぁって思うことあるぞ」
「えっ、本当に?!」
「ああ」
「髪の毛の長さとか服装の時期とか細かく決まってて嫌だなぁって思うけどなぁ……」
「その辺は確かにちょっと面倒かもしれないけどな。
でも、自由な時間が多かったり、友達と気軽に互いの家とか行き来できたり、そういうのってその頃だけって感じがするんだよなぁ」
顎に手を当てて考えこむような仕草をしながら、兄がこちらに微笑んで言った。
「そういうものなの?」
「そういうものなの。ついでに言うと、社会人になると、もっと友達とは会いにくくなるってさ」
「そうなの?!」
「母さんがこの前教えてくれたんだ。働いてるとみんななかなか都合がつかなくて、会えても数人とかがざららしい」
「そっかぁ……」
いつまでも今みたいに約束をしてすぐ会える訳じゃないのか。大人も色々と大変なんだな。
「ま、だからお互い、今の内にできることを、存分に楽しんでおこうな。
俺も一応大人に片足突っ込んでるけど、ぎりぎり学生だから」
うん、と大きく頷いた。
僕が今しかできないことってなんだろう。まだすぐには思いつかないけれど、大好きな兄が羨んでくれた今この時を、めいっぱい楽しみつくしていけたらいいな。
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【蛇足かつ余談】
本当は、クラスメイトの半袖姿にときめく子(男か女かは未定でした)の姿を書こうと思って書き始めたのだけど、気づいたら兄との話に落ち着いていました。
お題:天国と地獄
子どもの頃、かけっこが本当に苦手だった。持久走大会なんかは本当に地獄そのもので、練習でも本番でもビリから2番目辺りを常にキープしていた。
走ること自体が苦手だったけれど、特に持久走大会の練習や本番は大嫌いだった。
「ほら、皆。頑張ってる◯◯さんを応援してあげて」
多分、先生はそんな感じのことをクラスメイトに言っていたのだと思う。へとへとになりながら走っているこちらが、先にゴールして休んでいる子たちの近くを走ると、「頑張れー」と声がかかるのだ。これが心底嫌だった。
頼むからこちらに構わず、友達同士でのんびり会話していてほしい。こちらに注目しないでほしい。これでは完全に悪目立ちだ。応援なんて要らない。どうしようもなく情けない姿を、目に入れないでほしい。
そんな風に思いながら、トラックをゆっくりゆっくり走り続けた。
教育に関して多少かじったことがあるので、まぁ、一生懸命頑張る子を励まそうとする心理は今となっては分からなくはない。
でも、本当にその子(この場合は自分と、もう一人の遅かった子)のことを考えた行動というより、その子以外の他の子達に対して他者を思いやる心を育もうとする意図のほうが強かったのではないかと思ってしまう。
或いは、その先生はそういう惨めな思いをしたことがなく、理解が及ばなかったのではないかと思えてならない。
何も他意はなく、足の遅い二人に対してよかれと思って、励ましの言葉を送らせたのだ。
後者のほうが性質が悪いなぁと個人的には思う。思いやりも時と場合によっては酷い侮蔑になる。持てる者が持たざる者に対して施しを与えるのは、施しを受ける側からすると屈辱的に感じられることもあるのである。全ての人間がこうなるとは限らないけれども、少なくとも自分はそうだった。
一時が万事こんな感じだから、特に小学生の頃は体育の授業が本当に嫌いだった。
例えばマット運動の際、先生はこうしてああして、と指示を出すけれどやり方の見本を一度も見せてくれなかったので、当時の自分はそのことにもやもやを感じていた。
こういう感じなものだから、運動会も正直あまり好きではなかったと思う。お祭りみたいなムードは好きだったし、応援合戦や台風の目、ダンスなんかは面白く感じられたけれど、徒競走やリレーなどはもう、てんで駄目だった。持久走大会に比べればすぐに終わるし随分マシではあるけれど、観衆の面前で走りを披露するというのはそれなりに恥ずかしかった。
大体において、こうした走る競技ではBGMで『天国と地獄』が流れる。今思うと、これはそれなりに皮肉のきいた選曲のように思えてしまうのだ。「勝てば官軍負ければ賊軍」という言葉があるが、まるで「勝てば天国、負ければ地獄」と言わんばかりではないか。
あのメロディーの中で走るのは当時は別に嫌ではなかったけれど、もし今あの曲の流れる中で徒競走をしなさいと言われたら、多分嫌な気持ちになると思う。