Ryu

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7/17/2025, 11:37:09 PM

足元に野良犬が寄ってきた。
私の足の匂いをクンクンと嗅いで、つまらなそうに去っていく。
風に揺れる木陰で、あの人が来てくれるのを、首を長くして待っている。
気が遠くなるほど。

喧嘩をしたのはいつのことだったか。
あんなに怒りに震えてこの場所に来てから、もうどれくらい時が経つのだろう。
怒りに任せて、この木陰で首を吊った。
あれからずっと、この木陰で揺れている。

今になって、あの人の浮気は、自分の勘違いだったんじゃないかとか、話し合ってもう一度やり直すことも出来たんじゃないかとか、都合のいいことばかり考えるけれど、私はもう、この木陰で揺れ続けることしか出来ない。

さっきの野良犬がまた戻ってきて、私を吊り下げてくれている木にオシッコをした。
おいお前、私とこの木は一心同体なんだ。
マーキングするのはやめてくれ。
願わくば、あの人に、今の私のこの状況を伝えてくれないか。
あの人に、謝罪する機会をくれないか。

…首吊り死体に謝罪されてもな。
これじゃ、土下座をすることも出来ない。
上から目線で、ゆらゆらと揺れながら。
おいワンコ、今の私の姿はどんな感じだ?
あの人に愛されていた頃の私と、どう違う?
あの人への想いは、何ひとつ変わっていないのに。

今日も日が暮れてきた。
風も止んで、私の体の揺れも治まった。
野良犬には、ねぐらがあるのだろうか。姿を消した。
さて今夜も、一人反省会を始めよう。
誰にも邪魔されず、気が遠くなるほどの静けさの中で。
誰かが、この木と私の繋がりを断ち切ってくれる、その日まで。

7/17/2025, 1:45:29 AM

大空を、巨大なクラゲが横切ってゆく。
半透明なその姿は、背景の青を透かしてレースのカーテンのように揺らめいている。
青い海を泳いでいる時も、こんな感じなのだろうか。
マンションのベランダでタバコを吸いながら、向かいのマンションの上層階を飲み込むほどの巨大な海洋生物を眺め、明日のプレゼンのことを考えていた。

きっとまた、頭ごなしに却下されるのだろう。
あの上司は俺を嫌ってる。
最初から説明を聞く気なんて無いんだ。
いっそのこと、白紙の資料でも配ってみようか。
何も考えつきませんでした。
この資料が私の頭の中の状態です、なんて。
クラゲがゆっくりと旋回する。
風に流されているのか、その風向きが変わったのか、まっすぐこちらへと向かってくる。

ベランダが、真っ白い世界に包まれた。半透明だ。
タバコの火が、ジュッと音を立てて消える。
少しだけ、空気が冷たくなったように感じる。
遠くに、波の音が聞こえたような気がした。

…そうか、お前も帰りたいんだな。
あの青い海へ。
同じ色につられて、この空に迷い込んだ。
海深く潜るつもりが、空高く浮かび上がり、太陽の熱にさらされて巨大化してしまった。
もう、あの海に還ることはないだろう。
お前は、空に漂う存在となってしまったから。

再び風向きは変わり、クラゲは都心の方へと離れてゆく。
きっと、まもなくこの熱に溶けて、その姿を消してしまうだろう。
空に浮かぶ白い雲が、跡形もなく消え去るように。
そしてそこには、青い空だけが広がっている。

脳裏に浮かぶ白紙の資料が、真っ青に染められていく光景を思い描いていた。
新しいタバコに火をつけて、明日のプレゼンのことを考える。
真っ青な資料をプロジェクターで投影して、薄暗い部屋を空や海の青さで満たして、これが私の頭の中の状態です、なんて。

そんな白昼夢。

7/16/2025, 4:15:46 AM

二人だけの世界。
二人だけの電車。
混み合った車内で、身をくねらせてイチャつきあう二人。
何とも幸せそうだ。

こちらは、仕事帰りのサラリーマン。
目の前で繰り広げられる盲目的なラブ&タッチに、スマホに集中しつつ、意識が撹乱される。
耳にイヤフォンを突っ込み、お気に入りの曲を流して、こちらはこちらで一人だけの世界に入り込もうとするが、ぶつかってくるかと思われるほどに身を揺らしボディタッチを繰り返す二人に、言いたいことはひとつだけ。
場所をわきまえろ。

お前らの愛は祝福する。
だが、見せつけられる筋合いはない。
俺達の勝手だとか言うんなら、その自分勝手は自分達だけの場所でやれ。
誰も邪魔しない。

恥ずかしい、という感情は、人間にとって大切なんだな。
善悪とは違うところで、人の暴走を止めてくれる。
愛の深さと所構わずは比例しちゃいけない。
深い愛があればこそ、パートナーも含めて他人の中で生きていることを尊重して欲しい。
世界が滅んで、二人だけの世界に生きるなら話は別だが。

電車は走る。
二人は変わらず愛を深め合う。
これがもし我が娘だったら、と考える。
人の恋路に説教するつもりはないが、遺伝子の存在に疑問を持つだろう。
世の中は変わってゆく。
それは仕方のないこととして、理性の薄れてゆく世界の行く末を思う。
暑かったら全裸になるか?人前で排泄するか?
それを望むなら、人として生まれて来なければ良かったのに。

今日も我が家の猫は、全裸でトイレを済ませた後、身をくねらせてイチャつきあっている。
何とも幸せそうだ。

…二匹ともオスだが。

7/15/2025, 3:48:09 AM

もうなんか、夏については書き尽くした気分。
書いても書いても涼しくはならないし。
めっちゃ怖いホラーでも書ければ、自家発電で涼しくなれそうな気もするけど、そんな才能は持ち合わせていない。
なので、ちょっと怖いホラーに挑戦。
あくまで、ちょっと、だ。

夏。
寝苦しさに目を覚ますと、閉めたはずの寝室のドアが開いていることに気付く。
そこから廊下が伸び、その奥にキッチンがあるが、そこに置かれたダイニングテーブルに、誰かが座っているようなシルエットが見えた。
「お、おい、あそこに誰かいるように見えないか?」
「うん、いるね」
部屋は暗く、外からの街明かりでうっすらと見えるのみ。
怯えながらも、泥棒の可能性も考え、近くにあったハンガーを手にしてゆっくりとベッドを出る。
シルエットは微動だにしない。
だが、間違いなく何かがイスに座っている。
廊下を慎重に歩いてキッチンに辿り着き、そっと照明のスイッチを手探りし、意を決して明かりをつけた。

果たして、そこには、テーブルを前にイスに座る大きなクマのヌイグルミ。
…そうだ。
今夜は妻が友達の家に泊まると言って、一人の夜は寂しいでしょ?とからかって、このクマのヌイグルミをこの席に座らせたんだった。
夕飯時は目の前のクマを見ながら苦笑していたが、今はすっかり忘れていた。
なんだ、「幽霊の正体見たり枯れ尾花」ってやつか。
イイ年した大人が、こんなもんにビビってハンガー片手に構えてしまうなんて、恥ずかしい。
さっさと寝室に戻って…と考えたところであることに気付き、もう私は、あの部屋には戻れそうにない。

…うん、いるよ。

ホラーというより怪談話か。
もちろん、まるで涼しくはならない。
最後のオチセリフは、無い方がいいと思ったんだけど、誰にも気付いてもらえないのも寂しくて。
あ、いや、決して皆さんの読解力をバカにしてるわけではないです。
自分の文章力の問題ですね。

あ、そろそろ、Ryuが戻ってきますので、私は消えることにします。
それでは皆様、快適な夏をお過ごしくださいませ。

7/13/2025, 3:13:39 PM

「ほら、あのデッカイ家。新しい家族が引っ越してきただろ。昨夜、挨拶に来たよ」
「へえ、ずっと空き家だったのにな。やっと人が入ったんだ」
「なんか、ヤバイ事件があったんじゃなかったっけ、あの家」
「強盗が入って、家族全員が殺されたんだよ。ニュースでもやってたから、よく覚えてる」
「そうだ、それだ。そんな家によく入ろうと思ったよな。事故物件じゃないか」
「どんな家族だった?挨拶に来たんだろ?」
「どんなって…まあそー言われてみると、なんか訳ありそうで、陰気なムードが漂っていたような…」
「いや、そんなんじゃなくてさ、裕福そうな一家だったか?」
「え?いや、そんなの分かんないよ。玄関で父親に挨拶されただけだし」
「父親はどんな感じだった?子供は息子?娘?」
「何だそれ。父親は…まあ普通の優しげなパパって感じかな。娘が一人いるそうだよ」
「…そうか。いや、あんな家に住もうと思うくらいだから、相当変わってる家族なんじゃないかと思ったけど、普通っぽいな」
「まあ…そうだな。そーいえば、過去にあの家に住んでいた家族も、似たような家族構成じゃなかったか?」
「ああ、そうだよ。父親は大企業の社長でさ、タンス預金の額が半端なかったんだ。それに、猫も飼ってたな。気性が荒くて、捕まえるのも大変だったけど、高額で取引される種類の猫だった」
「…おい、待てよ。なんでそんな…」
「と言っても、三毛猫のオスじゃないぜ。アシェラとかいって、日本ではあんまり取引されてない品種だとか言ってたな」
「…誰が?」
「そりゃもちろん取引業者が…」
「…ふーん。あ、そういや、家族構成は似てたけど、昨夜挨拶に来た父親は筋肉隆々でさ、なんか格闘技の有段者だって言ってたな」
「…マジか」
「ああ。だから娘にも格闘技を習わせてて、奥さんも含めて格闘技一家だって」
「さっき、陰気なムードが漂ってたって言ってなかったか?」
「だから怖いなーって。何考えてるか分かんないだろ」
「うん…まあ、別にもういいんだけどさ。じゃあ、そろそろ行くわ」
「ああ、じゃあな」

…友達の縁を切ることになりそうだ。
まさか、あいつに先を越されていたとは。
通りであいつ、近頃羽振りが良さそうだったもんな。
今度の獲物は渡すわけにはいかない。
あの、メガネの貧弱そうな父親なら、俺一人で何とかなる。

よし、今夜、決行しよう。

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