Ryu

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大空を、巨大なクラゲが横切ってゆく。
半透明なその姿は、背景の青を透かしてレースのカーテンのように揺らめいている。
青い海を泳いでいる時も、こんな感じなのだろうか。
マンションのベランダでタバコを吸いながら、向かいのマンションの上層階を飲み込むほどの巨大な海洋生物を眺め、明日のプレゼンのことを考えていた。

きっとまた、頭ごなしに却下されるのだろう。
あの上司は俺を嫌ってる。
最初から説明を聞く気なんて無いんだ。
いっそのこと、白紙の資料でも配ってみようか。
何も考えつきませんでした。
この資料が私の頭の中の状態です、なんて。
クラゲがゆっくりと旋回する。
風に流されているのか、その風向きが変わったのか、まっすぐこちらへと向かってくる。

ベランダが、真っ白い世界に包まれた。半透明だ。
タバコの火が、ジュッと音を立てて消える。
少しだけ、空気が冷たくなったように感じる。
遠くに、波の音が聞こえたような気がした。

…そうか、お前も帰りたいんだな。
あの青い海へ。
同じ色につられて、この空に迷い込んだ。
海深く潜るつもりが、空高く浮かび上がり、太陽の熱にさらされて巨大化してしまった。
もう、あの海に還ることはないだろう。
お前は、空に漂う存在となってしまったから。

再び風向きは変わり、クラゲは都心の方へと離れてゆく。
きっと、まもなくこの熱に溶けて、その姿を消してしまうだろう。
空に浮かぶ白い雲が、跡形もなく消え去るように。
そしてそこには、青い空だけが広がっている。

脳裏に浮かぶ白紙の資料が、真っ青に染められていく光景を思い描いていた。
新しいタバコに火をつけて、明日のプレゼンのことを考える。
真っ青な資料をプロジェクターで投影して、薄暗い部屋を空や海の青さで満たして、これが私の頭の中の状態です、なんて。

そんな白昼夢。

7/17/2025, 1:45:29 AM