ああ、この歌、あの人が好きだった歌だ。
懐かしいな。
確か、MDでよく聴いてた。
もう、聴くためのコンポも無いから、何年も聴いてなかった歌。
サブスクで聴けるようになるとは。
あの頃を思い出す。
「歌は世につれ世は歌につれ」
どの時代にも、好きな歌があった。
幸せな気持ちで聴いた歌、悲しい気持ちで聴いた歌。
今聴き返してみても、あの頃の感情が蘇るように、心揺さぶられるメロディがたくさんある。
カセットテープから始まり、CDからMD、そしてダウンロードやストリーミング。
音楽の形は変わってゆく。
音楽そのものの形も、今や、昭和にはあり得なかったような歌が、時折耳に入ってくる。
メロディが把握しづらいような歌。
構成が難解すぎる歌。
思うに、歌のレパートリーが枯渇し始めてるんじゃないだろうか。
世界にあふれる歌は数限りない。
どうしたって、どこかで似たようなフレーズが出来上がってしまう。
そして、パクリだと騒がれる。
それを避けるためには、今までにない、斬新奇抜な歌が生まれ来るのも仕方のないことなのかな、なんて思う。
音楽理論なんて分からないけど、イイ歌はイイ。
それだけで、音楽がある世界に生まれて良かったと思える。
80年代洋楽、今聴いても味がある。
90年代邦楽、青春らしきものが蘇る。
どの時代にも歌があった。
そして、あの人が好きだった歌に、こうして再会する日が訪れる。
元気でやってるかな。
この歌、今も聴いてるかな。
あの頃を、思い出しながら。
大丈夫だよ。
世の中はそんなに悪くない。
いや、そりゃ悪い人もいるけどさ、それを正そうとする人もたくさんいるんだ。
…うん、まあ、目を背けて我関せずの人が一番多いかな。
でも、それだって、平穏に生きるためには必要なことかもしれないよ。
君子危うきに近寄らずって言うじゃない。
君が外に出るのを不安に感じるのは仕方のないことだよ。
そうだね、メディアではいろんなニュースが流れてるからね。
自分がその被害者にならないとは限らない。
アベンジャーズみたいなヒーローが助けに来てくれることもないし、その場を自分で切り抜けなきゃいけない状況だってある。
とっても怖い思いをするかもしれないね。
だけど、この家に帰ってきてくれれば、僕達が君をそっと包み込んで、大丈夫だよってメッセージを送るから。
そのエネルギーを充填して、また明日、こんな世の中に踏み出してゆく勇気を携えて欲しい。
だから、ここに帰ってきてくれればいいんだ。
外の世界でどんな思いをしたとしても、ここには安心できる君の居場所が必ずある。
僕達がそれを作る。
誰にだって、そーゆー場所はあるんだよ。
君をそっと包み込んで、明日を生きる糧を与えてくれる場所が。
そこからは目を背けないで、いつでも帰っておいで。
さあ、いってらっしゃい。
「ねえ、今日の私さ、昨日と何か違うと思わない?」
休日の朝、開口一番、娘が尋ねてきた。
「何か違う…?え、分かんないけど」
見慣れた娘の姿だ。何も変わらない。
強いて言えば、寝起きで髪の毛がボサボサなことくらいか。
「見た目じゃなくてさ。中身の話なんだけど」
「中身?そんなん分かるわけないじゃん。何かあったの?」
「たぶん私ね、五年後の私なんだよ。高校一年生なの」
「何を…言ってんの?」
「この姿、まだ小学生でしょ。教科書見たら五年生だった。でもね、中身は高校生の私なの。タイムスリップしたのかな?」
「タイム…スリップ?」
「うん、昨日の夜ね、明日の期末試験嫌だなーとか思いながら寝て、目が覚めたら五年前だったの。ビックリした」
ビックリしたのはこっちの方だ。
娘が壊れたのかと思った。
でも、話してみると、どう考えても小学五年生の娘とは思えない言動だった。
目の前で、因数分解をスラスラとやってのける。
「ね?信じてくれた?」
「これはもう信じるしかないけど…じゃあ娘はどこに行ったんだ?俺の娘は」
「私もあなたの娘だけど…もしかして、私がいた時代に行っちゃってんのかな。そしたら向こうのお父さんも、きっとビックリしてるね」
笑い事じゃない。
それこそ、娘が壊れてしまったと思うかもしれない。
高校生の娘のように、うまく説明だって出来ないだろう。
そっちの自分も困惑は、きっと私以上だと思う。
「元に戻せないのか?小学生の娘が突然高校生だなんて、大切な時期を失くしてしまったような気がするよ」
「うーん、分からないけど、今夜寝たら、明日の朝には戻ってるんじゃないのかな。なんかそんな気がする」
「相変わらず呑気だな。そのまま成長してるんだな」
「失礼だな。ちゃんと成長してるよ。学校の成績だってイイんだから」
「…そっか。それは安心した。…でも、それは娘の成長を見守りながら知りたかったな」
「…分かった。もう言わないよ。でもさ、明日はサヨナラかもしれないから、今日一日くらいは一緒に遊ぼうよ」
特に何もしたわけでもない。
どこへも出掛けずに、家で二人でゲームをやったり、食事を作ったり。
二ヶ月前、母親を交通事故で失ってから、娘はずっと塞ぎがちだった。
それは自分もだが、五年後の娘がしっかり立ち直って笑っている姿を見れたのは、正直なところ嬉しかった。
「じゃあ、おやすみ。今日は楽しかった。明日はどうなってるかな?」
「さあ…それは分かんないな」
「分かんないから言っとくね。お父さんも元気出してね。きっとこれから、楽しいこといろいろあるから」
「ん…まあ、その辺は聞かないでおくよ。でも、大丈夫。俺にはお前がいるから」
「そーだね。まだまだ一緒にいるもんね。明日の朝、私が小学生に戻ってたら、いろいろフォローしてあげてね。たぶん今日一日、大変な思いをしただろうから」
「分かったよ。お前も、あっちの父親を大切にな。強がってても、ホントは淋しいんだから」
「そーなんだ。そんな素振りあんまり見せないの、カッコいいね」
「強がってるだけだよ」
それぞれの寝室に戻り、眠りについた。
その夜は、久し振りに家族三人で遊ぶ夢を見た。
笑顔の妻と、小学五年生の娘と。
幸せだった。
朝が、待ち遠しい。
期末試験、頑張れよ。
素朴な疑問。
なんで幽霊は夜に出るものとされているのか。
死んだ人の魂が成仏できずに浮遊しているのであれば、昼も夜も関係なく、そこにいるはずではないのか。
とゆーか、幽霊は昼の間、何をしているのか。
…まあ、常時そこにいるんだけど、見る側が勝手に夜の怖い雰囲気に溶け込ませようとするのかも。
幽霊にとっては余計な演出なんじゃないだろうか。
自分が幽霊になったら、きっとそう思うと思う。
会いたいんなら、明るいうちに来て、何らかの形でコンタクトを取りたいと。
暗闇に怯えながらやって来て、ちょっとサインを送っただけで、ビビって逃げ出すのは勘弁してもらいたい。
夜は不安になる。
それは、幽霊だって同じかもしれない。
だから、自分の存在を知らせようとするのかもしれない。
誰もが朝を待っている。
日の出を迎え、我々も幽霊も、ともに安心する。
辺りはこんなによく見えるのに、幽霊はその姿を隠す。
まあ確かに、その方がお互い安心できるもんな。
我々にとって不可解な存在が、昼夜問わずフワフワされたら心が休まらない。
向こうだって、自分を探索するような人間達が、休む暇なくぞろぞろやってきたらたまらないだろう。
暗黙の了解ってもんがあるんだと思う。
まあ…すべて、幽霊がいたら、の話だが。
ブルーハワイに浮かぶ、わたあめ。
それは、青空に浮かぶ、白い雲。
わたあめは溶けてゆく。
甘さを一層と増して、青空はその面積を広げてゆく。
もはや、雲ひとつない青空。
頭上を覆う、ブルースクリーン。
地球は青く、世界は灰色だ。
雨雲がどこまでも広がり、時折遠雷が響く。
傘をさしても無意味な横殴りの雨に、びしょ濡れになりながら、昨日の失敗を反省する。
天気予報は雨続きで、空は鉛のような重さを持って、電車の窓の外に垂れ込める。
ブルーハワイが飲みたい。わたあめが食べたい。
人の心は空の色ひとつに左右される。
僕達の天井。
見上げれば、汚れたわたあめの隙間から、照明弾のような光が漏れる。
あの光は、僕達をどこへ導いてくれるのか。
南の島へ行きたい。地上の楽園へ。
ブルーハワイが飲みたい。マシュマロが食べたい。
マシュマロは空に溶けて、糖分過多の甘味となる。
こんな日常は、こんな無意味な空想を心に描かせる。
空想。
空に溶けてゆく想い。
わたあめと混ざり合って、青空を少し白く霞ませる。
今日の空は、そんな色。