Ryu

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「ねえ、今日の私さ、昨日と何か違うと思わない?」
休日の朝、開口一番、娘が尋ねてきた。

「何か違う…?え、分かんないけど」
見慣れた娘の姿だ。何も変わらない。
強いて言えば、寝起きで髪の毛がボサボサなことくらいか。

「見た目じゃなくてさ。中身の話なんだけど」
「中身?そんなん分かるわけないじゃん。何かあったの?」
「たぶん私ね、五年後の私なんだよ。高校一年生なの」
「何を…言ってんの?」
「この姿、まだ小学生でしょ。教科書見たら五年生だった。でもね、中身は高校生の私なの。タイムスリップしたのかな?」
「タイム…スリップ?」
「うん、昨日の夜ね、明日の期末試験嫌だなーとか思いながら寝て、目が覚めたら五年前だったの。ビックリした」

ビックリしたのはこっちの方だ。
娘が壊れたのかと思った。
でも、話してみると、どう考えても小学五年生の娘とは思えない言動だった。
目の前で、因数分解をスラスラとやってのける。

「ね?信じてくれた?」
「これはもう信じるしかないけど…じゃあ娘はどこに行ったんだ?俺の娘は」
「私もあなたの娘だけど…もしかして、私がいた時代に行っちゃってんのかな。そしたら向こうのお父さんも、きっとビックリしてるね」

笑い事じゃない。
それこそ、娘が壊れてしまったと思うかもしれない。
高校生の娘のように、うまく説明だって出来ないだろう。
そっちの自分も困惑は、きっと私以上だと思う。

「元に戻せないのか?小学生の娘が突然高校生だなんて、大切な時期を失くしてしまったような気がするよ」
「うーん、分からないけど、今夜寝たら、明日の朝には戻ってるんじゃないのかな。なんかそんな気がする」
「相変わらず呑気だな。そのまま成長してるんだな」
「失礼だな。ちゃんと成長してるよ。学校の成績だってイイんだから」
「…そっか。それは安心した。…でも、それは娘の成長を見守りながら知りたかったな」
「…分かった。もう言わないよ。でもさ、明日はサヨナラかもしれないから、今日一日くらいは一緒に遊ぼうよ」

特に何もしたわけでもない。
どこへも出掛けずに、家で二人でゲームをやったり、食事を作ったり。
二ヶ月前、母親を交通事故で失ってから、娘はずっと塞ぎがちだった。
それは自分もだが、五年後の娘がしっかり立ち直って笑っている姿を見れたのは、正直なところ嬉しかった。

「じゃあ、おやすみ。今日は楽しかった。明日はどうなってるかな?」
「さあ…それは分かんないな」
「分かんないから言っとくね。お父さんも元気出してね。きっとこれから、楽しいこといろいろあるから」
「ん…まあ、その辺は聞かないでおくよ。でも、大丈夫。俺にはお前がいるから」
「そーだね。まだまだ一緒にいるもんね。明日の朝、私が小学生に戻ってたら、いろいろフォローしてあげてね。たぶん今日一日、大変な思いをしただろうから」
「分かったよ。お前も、あっちの父親を大切にな。強がってても、ホントは淋しいんだから」
「そーなんだ。そんな素振りあんまり見せないの、カッコいいね」
「強がってるだけだよ」

それぞれの寝室に戻り、眠りについた。
その夜は、久し振りに家族三人で遊ぶ夢を見た。
笑顔の妻と、小学五年生の娘と。
幸せだった。
朝が、待ち遠しい。
期末試験、頑張れよ。

5/22/2025, 2:50:31 PM