Ryu

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2/1/2025, 3:15:20 PM

行き止まり。
雪の壁が、完全に行く手を阻んでいた。
こんな細い道路では、車を転回させることもままならない。
かといって、バックで来た道を戻るのも、この夜の暗闇においては命取りだ。
山道の片側にはガードレールがあるが、その向こうは崖になっている。

仕方ない。朝まで待つことに決めた。
幸いガソリンは満タンで、暖房も効いている。
朝になれば、周りの状況も分かるし、慎重にバックすればここを抜けられるだろう。
スマホを出して電波を確認すると、微弱ながらアンテナは立っている。
JAFを呼ぶことも考えたが、場所を説明する自信がないし、この程度で大事にはしたくなかった。

一時間ほど過ぎた頃だろうか。
何気なくバックミラーを見ると、車の後ろに人が立っているのが見えた。
えっ、と思い振り返る。
…誰もいない。雪がしんしんと降り続けている。
嘘だろ、この辺ってそーゆーところ?
女の人のように、思えた。
白いワンピースの…この雪の中で?
こりゃあ、決死の覚悟でバックするしかないのか?

コンコン。
助手席側の窓を叩く音。
ビクッ!として見ると、女性がこちらを覗き込んでいる。
えぇ〜こんな、あからさまに?
幽霊って、もっと奥ゆかしく姿を見せるもんじゃないの?
しばらく見つめ合って、姿を消しそうにもないので、仕方なく窓を開ける。

「あの〜何か?」
「あ、すみません、こんな夜更けに」
「え、この辺に住まわれてる方ですか?」
「いえ、通りすがりの者です」
「通りすがりって…この雪の夜道を?その格好で?」
「まあ…そーゆーことなので」

どーゆーことなのか、よく分からないまま、彼女は車に乗り込んできた。
乗せるべきじゃない、という警告灯も点滅したが、話してみると、まるで脅威を感じない。

「どーしたんですか、こんな場所で」
こっちが聞きたいセリフだが、とりあえず素直に答える。
「いや、単純に迷子です。山を越えて知り合いの家に行くところだったんですが。…そちらは?」
「私は…見ての通り、通りすがりの浮遊霊です」
「大層なことを、サラリと言っちゃいましたね。…気絶してもいいですか?」
「いえいえ、凍死しちゃいますよ。私は幽霊歴も浅くて、呪い殺すとかも出来ませんから、安心してください」
「安心するのは無理ですが、危害を加えられないということは分かりました。それで、何があったんです?」
「つい先週のことですが、彼氏にこの山に連れてこられて、首を絞めて殺され、道路脇の崖から遺棄されました」
「…エグい話ですね。それは早く、呪い殺す技を身に付けた方がいい」
「いえ、そんなつもりはないんです。そもそも、幽霊にそんな力があるのかどうかも怪しくて。もうあとは、どうやってこの世を去るかってところですね」
「どうやって…もしかして、力になれます?」
「ああ、優しい人で良かった」
「いや…出来ることと出来ないことがありますが…」
「私の彼氏を見つけて、これを渡して欲しいんです」

渡されたのは、土に汚れたスマホ。
「彼が私をこの山に捨てた時、ポケットから落としたみたいで。ロックは私が外せますから、中身を見て、彼氏の情報を探ってください。彼と私が一緒に写った画像があるはずです」
言われるがままにスマホを操作する。
そして、彼女が男性と幸せそうに寄り添い合う画像を見つけた。
これは…心がエグられる。
「これを彼に返さないと、どうしても気掛かりで。こんな画像が残ってるから、もういらないのかもしれないけど、画像は削除できるし、スマホだけでも」
どこまでお人好しな女性なんだろう。
生前に出会いたかった。
「分かりました。必ず彼に渡します。そしたらあなたは、この雪山から旅立てるんですね」
「たぶん…何しろ幽霊歴が浅いので…」
そんなキャリアが関係あるのかどうかは分からないが、とにかく彼女の願いを叶えて、成仏させてあげたかった。

朝、車の中で目を覚ます。
隣には誰もいない。
だが、シートの上には、土に汚れたスマホ。
夢ではなかったようだ。
車をスタートさせ、何とか山を迂回して、目的地の知り合いの家に向かう。
途中、コンビニに寄って、匿名で警察に通報した。
本当のことは言えないから、山道を走っていて雪に埋もれた死体らしきものを見た、気のせいかもしれないが確認して欲しい、くらいの内容にしておいた。
自分にだって正確な場所は分からない。
でも、どこかに眠っている彼女を見つけ出してあげて欲しい。
私は、自分に課せられた使命を果たすから。

「雪に囲まれて身動き取れなかったって?」
「そうなんだよ。雪山を舐めてたわ」
「惜しかったな。昨夜の合コン、最高だったぞ」
「そっか。参加できなくて悪かったな。…ところで、渡したいもんがあるんだけど」

これで、彼との付き合いも終わりだな。
悪い奴だとは思わなかったんだけどな。
この後、一発ぐらい殴っておこう。
ついでに、自首も勧めておこう。
あとは、彼次第だ。

帰り道、昨夜立ち往生した辺りに立ち寄って、ガードレールの下に花束を手向けた。
警察は捜索してくれたのだろうか。辺りに人けはない。
何の根拠もなく、雪解けとともに発見される彼女の姿が脳裏に浮かんだ。
「私に出来るのはここまでかな。それじゃ、帰りますね、バイバイ。ご冥福をお祈りします」

遠く、崖下の雪景色の中に、白いワンピースを見たように思ったのは…気のせいだったのだろうか。

1/31/2025, 9:24:52 PM

旅の途中で出会った猫は、不思議な力を持っていた。
人間に姿を変え、言葉を喋ることが出来たのだ。

「旅人さんかい?どこまで行くんだい?」
「あてはないよ。家にこもってじっとしてるのに飽きただけだ」
「偏奇なやつだな。外の世界は危険だらけなのに」
「偏奇なのはあんただよ。猫のくせに、人間なんぞに成り果てる必要もなかろう」
「成り果てる…か。猫は猫で、苦労も多いんだけどな」

公園のベンチに座り、彼は自分の手の甲を舐めている。
猫の習性は失くしていないようだ。
私はといえば、名も知らぬこの町に辿り着き、さてそろそろ帰路につくべきかと考えていたところだ。
旅を続けてきたが、特にこれといって刺激的なことなど無かった。
美しい景色はいくつも目にしたが、それも、自分の想像を超えるものではなかった。

「この辺を旅の終着点にして、自分の生まれ故郷に帰ろうかと思っているよ。そろそろ恋しくなってきた」
「そうかい。帰れる場所があるのはいいな。待ってくれている人は?」
「いや…いない。それでも、知り合いはたくさんいるよ。町の皆が知り合いだ」
「そうか。この町にも知り合いが出来たじゃないか。私は、カリエ。猫の時も同じ名だ」
「私はラムスロット。ところで、あんたは何故、人間の姿になれるんだ?」
「さあ…な。もともとは普通の猫だったんだ。ところが、捨てられて彷徨って、この町に辿り着いた途端、こんな力を手に入れた」
「…捨てられたのか。猫も大変なんだな。人間を恨まないのか?」
「さあ…どうだろう。自分も今や人間に成り果てているわけだから。いろんな、こっちの事情も分かってきているんだ」
「…もしかして、猫を飼っているのか?」
「飼わないよ。私もまだ旅の途中なんだ。そろそろ、元の姿に戻りたいとさえ思ってる。戻っても、誰も待ってくれてはいないがな」
「私と同じだな。…どーだ?一緒に、私の町へ帰らないか?お互いに、旅を終わらせるつもりはないか?」
「旅の…終わり?」

私は、彼を連れてその町を出た。
思った通り、彼はこの町を出た途端に、当たり前のように猫の姿に戻っていた。
猫を連れた旅人が一人。これから、新しい暮らしが始まる。
それは、一人と一匹にとって、新しい旅の始まりであり、これからいくつもの、経験したことのない幸せに出会うのだろう。

人として。猫として。
旅は終わらない。

1/31/2025, 12:51:05 AM

この世界に、まだ知らない君がいる。
いつか何処かで出会うかもしれない。
見も知らぬまま、生涯を終えるかもしれない。
同じ時代を生きて、同じ空を見上げ、もしかしたら、どこかの通りですれ違っていたかも。

もうすぐ春が来る。出会いの季節が訪れる。
交わることのなかった線と線が、ある一点で交差する季節。
その出会いが、自分の人生にどんな変化を与えてくれるかは分からないけど、人と出会うこと、それはとても煩わしくて、新鮮で、奇跡のようなものなのだろう。

今はまだ知らない君が、最高の親友になるかもしれない。
今はまだ知らない君が、最愛の恋人になるかもしれない。
今はまだ知らない君が、生涯の伴侶になるかもしれない。
存在すら知らぬまま、遠い世界の何処かで生きている君が。

その出会いを、幸せにつなげることが出来るかどうか。
可能性は未知数で、無限大だ。
だけど、出会わなきゃ始まらないものがある。
それは、人としての営み。生きる意味となり得るものだ。
だから私達は今日も、それぞれの場所へと通う。
そして、挨拶を武器に、まだ知らない君を、特別な存在になり得る君を、ゆっくりと知っていく。

もうすぐ春が来る。

1/29/2025, 12:59:34 PM

職場のビルの裏手。
一日中、ほとんど日が当たらない、ビルとビルの隙間。
そこから、赤ん坊の泣き声が聞こえている。
人が一人通れるかどうか、ギリギリの隙間だ。
赤ん坊がいるとは考えにくい。
しかも、私以外の人には、その泣き声が聞こえないという。

「猫の鳴き声なんじゃないの?私には聞こえないけど」
同僚はそう言って、顔をしかめた。
その手の話は嫌いなのだろう。
私だって、出来ればこんな声は聞きたくない。
「そうかもしれない。でもさ、隣が何のビルか、知ってるでしょ?」

産婦人科。
かと言って、ビルの中から聞こえてくる声ではなさそうだ。
明らかに、ビルとビルの隙間の暗闇から聞こえてくる。
そしてそれは、決まって朝の通勤時のみ。
ある日私は、職場に出勤する途中、その隙間の前で立ち止まった。

聞こえている。赤ん坊の泣き声。
しかも、一人じゃない。何人もの、赤ん坊の泣き声。
隙間に目を凝らす。薄暗闇の中、蠢く無数の塊。
これは、この世に生まれてくることが叶わなかった命の雄叫びか。
日の当たる場所へ生まれいづることが出来ずに、日陰の存在のまま、打ち捨てられた生命達。

いつのまにか私の体は、ビルの隙間の暗闇に吸い込まれていた。
そして、私の前後でひしめき合う赤ん坊達。
私は目を閉じて、いくつもの赤ん坊の声を聞き、その中から、聞き覚えのある泣き声を探しあてた。
あの子…私の体に命を宿しながらも、我が子としてこの腕に抱きしめることが出来なかった、あの子。

ごめんなさい。
どんな事情があろうとも、手放すべきじゃなかった。
若さ故の愚かさで、こんな場所に閉じ込めてしまうなんて。
このまま、私もこの子達とともに、この日陰に沈んでしまおう。
償うことなど出来るはずもないが、苦しみを分かち合うことくらいなら…。

突然耳元で、あの子のキャッキャと笑う声が聞こえ、気付けば私は、職場のビルの前に立っていた。
そして、どこからともなく、風に乗ってあの子達の声が聞こえてきた。

「今日もお仕事頑張ってね、ママ」

1/28/2025, 11:46:29 PM

会った時から違和感を感じていた。
その違和感が何か気付いたのは、久し振りに会った友達と駅前のカフェに立ち寄り、彼が席に座る際に、かぶっていた帽子をテーブルの上に置いた時だった。
「あれ、これ俺のじゃん」
思わず声に出てしまった。
友達は、帽子と俺を交互に見て、
「お前のってゆーか、前回会った時、お前が俺にプレゼントしてくれた帽子だよ。忘れたのか?」
「プレゼント?…ホントか?かなりお気に入りだった帽子なんだけど。最近見つからなくなって…」
「おいおい勘弁してくれよ。それじゃまるで俺が盗ったみたいになっちゃうじゃん。…まあ、お前あん時かなり酔っ払ってたから、覚えてないのかもしれないけど…」

なんだか、気まずい空気が流れ出した。…いや、俺のせいか。
「なんかごめん。セコいこと言っちゃって」
「じゃあさ、こうしないか。この帽子はお前に返すよ。ただ、俺も気に入ってたからさ、俺がこの帽子かぶってるとこ、お前のスマホで撮ってくんないかな。そんで、後で俺にその画像送ってよ」
「…ん?どーゆーこと?それでいいの?」
「ああ。お前のお気に入り奪ったみたいじゃ気持ち悪いじゃん。でも、その画像を見ればさ、俺もその帽子をかぶった気になれるから」
「…そーゆーもんか?そーゆーもんなのか?」
「帽子ってさ、自分がかぶってる姿を見られるのは、鏡の前か写真くらいだろ。だから、写真を表示したスマホの画面を鏡だと思えば、今日も俺はこの帽子をかぶってるって思えるんじゃないかな」
「いや…でもそれは…お前、無理してない?」
「してないって。その代わり、お前のスマホにもその画像は残しといてくれ。で、たまにお前も見てくれたら、なんか俺もその帽子を持っている気になれるから」
「…なれる、のか?」
「なんだってさ、気の持ちようなんだよ」

気まずさは吹き飛んだ。彼のおかげだ。
楽しく食事をして、彼と別れた後、俺はネットでこれと同じ帽子を検索したが、見つからなかった。
限定品だったかな。それなりの値段だったしな。
スマホを閉じる前に、ついさっき撮った友達の写真を表示する。
俺のお気に入りの帽子をかぶって、満面の笑みでポーズを決める彼。
ホントにこれで良かったのかな。
そんな想いが心を過ぎったが、彼の笑みを見ているうちに「気の持ちようなんだよ」という彼の言葉を思い出して、俺はそっと送信ボタンを押した。

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