ひとりぼっちのあなたへ。
いつか話しかけようと思ってた。
でも出来なかった。その勇気がなかった。
私の次に、イジメのターゲットにされたあなた。
その苦しみを誰よりも分かっているはずなのに、あなたに声をかけることすら出来なかった。
また自分が、あんな毎日を送ることになるのが怖かったから。
このまま平穏な日々が続くことを、心から願っていたから。
今までずっと私はこの苦しみを経験したのだから、あなたを救うべきは自分じゃないと思ってた。
きっと順番があるんだ。
しばらくしたら、あなただって解放される。
そう信じてた。
そして、私はそのイジメの輪の外にいることで、自分は心ある人間だと安心することが出来た。
君子危うきに近寄らず。
雉も鳴かずば撃たれまい。
でもある日、あの鬼畜軍団が私に近付いてきて、
「一緒にあのコを囲むから、ついてきて」
と、笑いながら言う。
「ごめん、私はいいよ。あんまりうまく喋れないし」
なんとかその場を逃げようとしたが、
「そんなこと聞いてないよ。ついてこないなら、あのコの代わりにまたあんたを囲むけど」
鬼畜の言葉に足が震える。
「別にいいんだけどさ、あのコも、あんたのことイジメるのは嫌だとか言うから、今みたいになったんだよ。分かってる?」
「えっ…?」
「あんたをイジメるのはやめなよって。そんなことする奴らとはツルむ気もないって。私達、イジメてなんかないのにねー」
「…あのコが、私を?」
「どうするの?やるの?やらないの?あいつ、リアクション薄いから、正直あんまり面白くないんだけど。あんたの方が…」
私の心が動いた。私の体も。
あなたのもとへ、向かう。
奴らとともにではなく、私一人で。
あなたに教えてもらった、勇気をもって。
そっと触れた手は、氷のように冷たかった。
浮かべた笑顔は温かく、ついこの間会った時のままなのに。
傍らに横たわり、もう遠い日々を思い出す。
君が隣にいて、幸せだった日々。
こんなことになるなんて、つゆほども思わなかった日々。
夕暮れが訪れる。
この部屋には僕達二人以外、誰もいない。
窓際でカーテンが揺れている。
静かに君の笑顔を見つめ、胸の前で両手を合わせた。
君に捧げる祈りは、君が道に迷わないように、
あちらの世界でも、同じ笑顔で過ごせるように。
そして僕を、君のいる場所へ連れていってくれるように、そっと君の手に触れる。
その手は氷のように冷たく、君の温かい笑顔はいつしか暗闇に溶けていた。
もう還らない日々を想い、僕はそっと、君の血に染まるナイフを握り直した。
宇宙の果てや、死後の世界。
あるのかどうかすら、定かではないような場所。
そしてその景色。
まあ、生きてるうちに見ることは叶わないと思っている。
それでも一向に構わないが。
どちらも、日常生活からあまりにも離れすぎて、おとぎの国の話のようだ。
人間なんてちっぽけな存在には、山や川や海や空やビルくらいの景色で十分だと思う。
受け入れられるキャパシティってもんがあるから。
あとは…そうだな。
娘の結婚式や、孫の誕生、そして、自分がこの世を去る瞬間の景色。
これらまだ見ぬ景色を、いつか目の当たりにする日が来るだろうか。
この中でも、最後のひとつを見る確率が一番高そうなのが残念だが、他のふたつをあきらめてるわけじゃない。
宇宙の果てや、死後の世界とは違う。
いつか人類は、宇宙の果てに辿り着くだろうか。
死後の世界の存在を解明することは出来るだろうか。
きっと成し遂げると思う。
人間とはそういう生き物だ。
まだ見ぬ景色を、身近な風景に変えてしまう生き物だ。
ただ、それには時間が必要で、人の一生が終わるまでに実現出来るとは限らない。
きっといつか、娘達が結婚し、孫が生まれ、宇宙には果てが無く、死後の世界も空想であったことが明白になるかもしれないが、たとえどう転んでも、すべてが人の営みの為せる業だ。
見届けることが出来なくても、楽しみに待つ。
今の私には、それしか出来ないから。
あなたと見ていた覚めないはずの夢。
命ある限り続くものと思っていた。
それが、あなたの突然の心変わりで、音もなく崩れ去ってゆく。
二人で築いてきた夢なのに。
あの夢のつづきを、他の誰かと見ることは出来るのだろうか。
それとも、目が覚めて、すべてが無に還るのか。
どちらだとしても、とても幸せな夢だった。
今頃あなたは、あの夢のつづきを他の誰かと見ているのかもしれない。
ある日、私は目を覚ました。
現実に還り、あなたと見ていた夢が、すべて虚構であったことに気付く。
「夢なんだから当然じゃないか」誰かの声が聞こえる。
それでも私は、とても幸せだった。
あの夢のつづきでしか生きられない、そう強く思った。
もう一度、眠ろう。深い眠りの中へ。
他の誰かじゃダメなの。あなたしかいない。
この現実の世界では、私は一日たりとも生きられない。
命ある限り続くと思っていたあの夢を、永遠の眠りの中で見ていたい。
あなたを引き連れて、終わりのない夢の世界へ。
リア充という言葉。
いつのまにか日常的に使われてるけど、誰かに対して周りの人間がその言葉を口にすることはあっても、あんまり自分で自分をリア充だと宣言する人はいないんじゃないかと。
結局人間は、上を上を目指す。
人間の欲望は果てしない。
本当にリアルが充実していると感じられるのは、モノにあふれたリッチな生活をしている人間ではなく、寒空の下で一枚の毛布を手に入れて、愛する人と身を寄せ合いながら夜を過ごしている人達じゃないだろうか。
イケメンや美女を連れて歩いてる人にもその言葉は使われるが、その関係性の実態は当人同士にしか分からない。
政治家や芸能人はリア充か。
最近のニュースを見てると、素直にそうとは思えない。
どちらかと言うと、リア充になろうとして奮闘したあげく、人としてあらぬ方向へ向かってしまっているんじゃないだろうか。
そういう人もいると思う。
だれか to だれかさんのように。
慎ましくても、質素でも、有名でなくても、大切な人達と毛布にくるまって、「あたたかいね」と言い合えれば、それはきっとリア充。
いや、単純に幸せというものか。
体があったまって、心があったまって、人生があったまって、充実する。
この季節はなおさら。
だって、大切な人が目の前で、「あたたかいね」と微笑んでくれたら、それはもう、幸せなイメージしか浮かばない。
モノや虚構や見栄では得られない充実感が、きっとそこにはある。