大空を、青や赤や黒に塗り替える。
ダイナミックでやりがいのある仕事だ。
でも、ジレンマは、この季節の青が一番好きな色なのに、その色でいる時間が短いこと。
すぐに赤くなり、黒くなってしまう。
澄み渡る青。
これを私は、空色と呼びたい。
大空いっぱいに、一番大きな刷毛で塗りつぶしたい。
豪快に、余すところなく。
幸せに色を付けるとしたら、きっとこんな色なんじゃないだろうか。
最終列車のベルの音。
今年ももうすぐ終わる。
この列車に乗り遅れてしまったら、年を越えて新しい一年に出会うことが出来ない。
ベンチに一人座る男。
最終が行ってしまいますよ、と声をかけるが、その場を動かない。
うつむいて、何かを口ずさんでいるようだ。
そっと男の顔を覗き込むと、穏やかな笑顔で、クリスマスソングを歌っていた。
「年を越えることは、難しいのですね」
彼は歌いながら、コクリと頷いた。
列車のドアが閉まり、ゆっくりと動き出した。
男は顔を上げ、列車の窓を凝視する。
いつしか歌うことをやめ、その目には涙を浮かべていた。
そして、窓の向こうに妻と娘の姿を認め、彼は泣き笑いの表情で、二人に手を振った。
「クリスマスは、楽しかったですか」
答える代わりに、男はまたクリスマスソングを口ずさむ。
「それなら、素敵な人生だったじゃないですか」
彼は頷き、私に右手を差し出した。
私はその手を取り、彼をゆっくりと立ち上がらせた。
そのまま、改札へと向かう。
駅構内のスピーカーから、ベートーヴェンの「交響曲第9番ニ短調作品125」が流れてくる。
「第九」、駅長の趣味だったな。
昭和の名残りは、この駅にも根強く残っている。
私達が変えていくか、これからも守り続けるか。
振り返ると、男が目を細め、曲に聴き入っているのを見て、まあしばらくこれでいいか、と心に思った。
改札の向こうで、二人の老夫婦が待っている。
男の両親だろうか。
彼は二人の姿を認めると、一瞬目を丸くして、その後すぐに満面の笑顔となった。
この瞬間が、この仕事の醍醐味だ。
男は老夫婦と再会を喜び合い、私に礼を言うと、三人肩を並べて駅を離れてゆく。
その背中に、「第九」のメロディは妙にマッチしていた。
駅長の趣味も、なかなか悪くない。
ホームに戻ると、すでに最終列車は走り去っていた。
次の停車駅は「令和7年」駅。
今私がいるこの駅は消え去り、人々は新しい駅で降りて、新しい一年を始める。
来年も、イイ年でありますように。
もうすぐ、書き続けて一年。
ここまで来たことに、達成感とともに一抹の寂しさを感じる。
私は相変わらずの病院通い。
確か、一年前のあの日も、病院帰りの電車の中で、最初の一本を書いた。
私の計算が確かなら、明日のお題は、一年前のそれと同じはず。
時は過ぎる。
またひとつ、年を取る。
自分は何も変わっていないつもりでも、明らかにあの頃と今では、一年もの隔たりがある訳だ。
これをあと何年、過ごしてゆくことが出来るのだろう。
たとえば、30年後の自分。
腰の曲がったおじいさんか?
病院通いは今以上に増えるのか?
そもそも、この世界に存在してるのか?
生きるもの、誰もが辿る道。
生まれ、育ち、老いて、消えてゆく。
その過程で、何かに挑戦し達成できるなら、この時間も無駄じゃなかったことになる。
大したことじゃなくても、自分がそれで満足できているのなら。
たとえば、一年間、日々何かしらの文章を書き上げるとか。
もうすぐ、達成できる。
達成とともにある、寂しさ。
それはきっと、達成したら終わってしまうから、なのかもしれない。
永遠に続くものなどこの世にないけれど、自分が死ぬまで続けたら、自分にとってそれは永遠だ。
だけど、永遠に続けたら、それは最後まで達成できずに終わることになる。
どちらを選ぶのか。
うん。達成して、次へ進もう。
ほんの少しでもいいから、変わってゆく自分を誇りにして、また新しい挑戦を続けよう。
「元気だった?」
半年前に別れた彼女は、以前と何も変わらない屈託のない笑顔で、僕を待っていた。
駅前のロータリー。
夜の遅い時間のためか、駅から出てくる人の数も少ない。
「特に変わらないよ。遅くなってごめん」
「君が時間通りに来るなんて思ってないよ。何年付き合ったと思ってんの」
いたずらっぽく笑う。何も変わっていない。
「…で、話って何?」
彼女から突然呼び出された。
『私の話を聞く気があるなら、今夜11時に駅前集合!』
これだけ。
腹を立てる気にもなれない。
そんな彼女だった。
とりあえず、ファミレスに移動。
それなら最初からファミレスで待ち合わせすれば、と思うが、彼女のスタイルとしては、『駅前で寒さに凍えながら(元)彼を待つ自分』というのを演出したかったらしい。
「ここはあったかいね。美味しいものもたくさんあって最高」
「小学生かよ。何度も来てるファミレスじゃん」
「だから最高なの。いつも私達を温かく迎えてくれる」
「お金を払うお客様だからな。で、話とは?」
彼女のペースに乗ってしまうと、朝まで無駄話になってしまう。
付き合ってた頃は、それが楽しくて仕方なかったけど。
「まあまあ、そう焦りなさんな。コーヒー、飲む?」
僕の答えも聞かずに、彼女が立ち上がってドリンクバーへ向かう。
その後ろ姿が、半年前のあの日を思い出させる。
別れた理由は、彼女からの一方的なサヨナラだった。
「付き合っていけなくなったの。だからサヨナラ」
そんな感じだった。
僕に背中を向けて去ってゆく。
ちょっと待って、なんて言葉はあの日の公園に置いてきぼり。
それから半年間、何の音沙汰もなく、今日突然の招集命令となる。
まったく、彼女らしい。
「どうしてたの?この半年間」
「どうしてたって…そりゃ普通に生きてたよ。突然彼女に捨てられたら、休日に出掛ける場所も限られてくるし」
「私のせい?…まあそうか、突然だったもんね」
「他人事みたいに言うなよ。理由も聞かされてなくて、納得できると思うか?」
思わず責めるような口調になるが、彼女に気にしてる様子はなく、淡々と話し始める。
「あの夏ね、私の弟が、同級生を刺しちゃったの。命に別状はなかったんだけど、弟は逮捕されて、居づらいよね、この町。君に迷惑かけるのも嫌だったし、今はおばあちゃんちで生活してるの」
簡潔にまとめられた事後報告。
「なんで…あん時に言わないんだよ」
「だから、迷惑かけたくなかったし、言ったところで、でしょ。きっと君は、『そんなの関係ない』って言ってくれて、今まで通り接してくれようとするし、私がそれを許せなかっただけ」
彼女の言い分はよく分からない。
でも、それも含めて彼女は彼女のままだった。
僕が大好きな、彼女のままだった。
「それで、今日は?話って何だったの?」
「うん。言いたいこと言うね。あのね、せめて、冬の間だけでも一緒にいたいの。おばあちゃんち、おばあちゃんと猫一匹しかいなくて寂しいんだ。おばあちゃん、足腰弱ってるから買い物とか付き合ってもらえないし、猫はいっつも寝てばっかりで…」
「あーもーいいよ、話は分かったから。要するに、よりを戻そうってこと?」
「よりを戻すって…別れたつもりないけど」
「マジで言ってる?サヨナラって言ったのに?」
「だから、しばらく会えないからサヨナラって。別れるなんて言ってない」
「無理だよそんなの。無理がありすぎる」
「無理なの?じゃあ、冬も一緒にいられない?」
冷めたコーヒーが苦すぎて、これ以上飲めそうにない。
そしてもう、自分の気持ちすらよく分からない。
振り回されて、バカにされているようで、でもきっと彼女は彼女なりに一生懸命なんだって、分かってる。
そして、そんな彼女が僕は好きなんだって。
「えーとね、ひとつ約束してくれる?」
「何何何?」
「冬の間、僕はホットカフェオレを飲みたい。だから、勝手にブラックを選ぶのはやめて」
「うんうんうん。それで?」
「それで…いや、それだけ」
「それだけ?じゃあ、カフェオレ持ってくるね」
「ちょっと待って、受け入れが早いって」
で、今年の冬は一緒に過ごすことにした。
半年前のように恋人として…いや、また最初からやり直しかな。
だって、きっと彼女は、新しいスタートを切りたいんだろう。
彼女の中で、家族の不祥事を受け入れて、自分を許す時間が必要なんだと思う。
そして、その間の寂しさを埋めるのが、彼氏としての僕の役目。
うん、悪くない。僕は彼女が好きだから。
冬が終わっても、君には寂しがっていてもらいたい。
とりとめもない話をしようとして話題を模索するが、ことごとくすでにこの場で書いてしまっていることに気付く。
つまりは、今まで書いてきたものが、ほとんどとりとめもない話だったということか。
うん、否めない。
コンセプトやプロットなんてもんはテキトーだし、行き当たりばったりでなんとか書き上げてるだけ。
まあ、プロでもない私にはこれが精一杯。
過去には、プロになりたいと思ったこともあったかな。
昔から書くことは好きだった。
そーいえば、大学生の頃に「秋元康の作詞塾」なんて通信教育を受けていた記憶がある。
お題の歌詞を書いて送ると、秋元康(の事務所のどなたか)が採点してくれて返されるという、進研ゼミみたいなシステムだった。
今思えば、ちょっとした黒歴史だ。
いや、秋元康は素晴らしい作詞家だが、自分とは方向性が違ってたってこと。
プロの作詞家と自分を並べて比較するという、とんでもない暴挙に出ているが、まあ、とりとめもない話ということでご容赦願いたい。
でも確か、あの教材もなかなかのお値段だったはずだけど、学生時代の自分がどう工面していたのか、まるで覚えていない。
バイトはしてたけど、そんな状況で夢に向かって突進してしまうほど、あの頃の自分は無謀で勇敢だったということか。
それとも、親の仕送りをそんなことに…もとい、夢への投資に注ぎ込んでいたということか。
あの投資は、今、活かされているのか。
活かされているとすれば、このアプリ?
いやいや、日常のボキャブラリーだって豊富になったはずだ。
人と言葉は切っても切り離せない。
きっとどこかであの日覚えたワードテクニックが活かされている。
もしかしたらもしかして、そのおかげで今の奥さんを口説き落として結婚できたのかもしれないじゃないか。
いやホント、とりとめもない話。