「元気だった?」
半年前に別れた彼女は、以前と何も変わらない屈託のない笑顔で、僕を待っていた。
駅前のロータリー。
夜の遅い時間のためか、駅から出てくる人の数も少ない。
「特に変わらないよ。遅くなってごめん」
「君が時間通りに来るなんて思ってないよ。何年付き合ったと思ってんの」
いたずらっぽく笑う。何も変わっていない。
「…で、話って何?」
彼女から突然呼び出された。
『私の話を聞く気があるなら、今夜11時に駅前集合!』
これだけ。
腹を立てる気にもなれない。
そんな彼女だった。
とりあえず、ファミレスに移動。
それなら最初からファミレスで待ち合わせすれば、と思うが、彼女のスタイルとしては、『駅前で寒さに凍えながら(元)彼を待つ自分』というのを演出したかったらしい。
「ここはあったかいね。美味しいものもたくさんあって最高」
「小学生かよ。何度も来てるファミレスじゃん」
「だから最高なの。いつも私達を温かく迎えてくれる」
「お金を払うお客様だからな。で、話とは?」
彼女のペースに乗ってしまうと、朝まで無駄話になってしまう。
付き合ってた頃は、それが楽しくて仕方なかったけど。
「まあまあ、そう焦りなさんな。コーヒー、飲む?」
僕の答えも聞かずに、彼女が立ち上がってドリンクバーへ向かう。
その後ろ姿が、半年前のあの日を思い出させる。
別れた理由は、彼女からの一方的なサヨナラだった。
「付き合っていけなくなったの。だからサヨナラ」
そんな感じだった。
僕に背中を向けて去ってゆく。
ちょっと待って、なんて言葉はあの日の公園に置いてきぼり。
それから半年間、何の音沙汰もなく、今日突然の招集命令となる。
まったく、彼女らしい。
「どうしてたの?この半年間」
「どうしてたって…そりゃ普通に生きてたよ。突然彼女に捨てられたら、休日に出掛ける場所も限られてくるし」
「私のせい?…まあそうか、突然だったもんね」
「他人事みたいに言うなよ。理由も聞かされてなくて、納得できると思うか?」
思わず責めるような口調になるが、彼女に気にしてる様子はなく、淡々と話し始める。
「あの夏ね、私の弟が、同級生を刺しちゃったの。命に別状はなかったんだけど、弟は逮捕されて、居づらいよね、この町。君に迷惑かけるのも嫌だったし、今はおばあちゃんちで生活してるの」
簡潔にまとめられた事後報告。
「なんで…あん時に言わないんだよ」
「だから、迷惑かけたくなかったし、言ったところで、でしょ。きっと君は、『そんなの関係ない』って言ってくれて、今まで通り接してくれようとするし、私がそれを許せなかっただけ」
彼女の言い分はよく分からない。
でも、それも含めて彼女は彼女のままだった。
僕が大好きな、彼女のままだった。
「それで、今日は?話って何だったの?」
「うん。言いたいこと言うね。あのね、せめて、冬の間だけでも一緒にいたいの。おばあちゃんち、おばあちゃんと猫一匹しかいなくて寂しいんだ。おばあちゃん、足腰弱ってるから買い物とか付き合ってもらえないし、猫はいっつも寝てばっかりで…」
「あーもーいいよ、話は分かったから。要するに、よりを戻そうってこと?」
「よりを戻すって…別れたつもりないけど」
「マジで言ってる?サヨナラって言ったのに?」
「だから、しばらく会えないからサヨナラって。別れるなんて言ってない」
「無理だよそんなの。無理がありすぎる」
「無理なの?じゃあ、冬も一緒にいられない?」
冷めたコーヒーが苦すぎて、これ以上飲めそうにない。
そしてもう、自分の気持ちすらよく分からない。
振り回されて、バカにされているようで、でもきっと彼女は彼女なりに一生懸命なんだって、分かってる。
そして、そんな彼女が僕は好きなんだって。
「えーとね、ひとつ約束してくれる?」
「何何何?」
「冬の間、僕はホットカフェオレを飲みたい。だから、勝手にブラックを選ぶのはやめて」
「うんうんうん。それで?」
「それで…いや、それだけ」
「それだけ?じゃあ、カフェオレ持ってくるね」
「ちょっと待って、受け入れが早いって」
で、今年の冬は一緒に過ごすことにした。
半年前のように恋人として…いや、また最初からやり直しかな。
だって、きっと彼女は、新しいスタートを切りたいんだろう。
彼女の中で、家族の不祥事を受け入れて、自分を許す時間が必要なんだと思う。
そして、その間の寂しさを埋めるのが、彼氏としての僕の役目。
うん、悪くない。僕は彼女が好きだから。
冬が終わっても、君には寂しがっていてもらいたい。
12/18/2024, 1:35:51 PM