最終列車のベルの音。
今年ももうすぐ終わる。
この列車に乗り遅れてしまったら、年を越えて新しい一年に出会うことが出来ない。
ベンチに一人座る男。
最終が行ってしまいますよ、と声をかけるが、その場を動かない。
うつむいて、何かを口ずさんでいるようだ。
そっと男の顔を覗き込むと、穏やかな笑顔で、クリスマスソングを歌っていた。
「年を越えることは、難しいのですね」
彼は歌いながら、コクリと頷いた。
列車のドアが閉まり、ゆっくりと動き出した。
男は顔を上げ、列車の窓を凝視する。
いつしか歌うことをやめ、その目には涙を浮かべていた。
そして、窓の向こうに妻と娘の姿を認め、彼は泣き笑いの表情で、二人に手を振った。
「クリスマスは、楽しかったですか」
答える代わりに、男はまたクリスマスソングを口ずさむ。
「それなら、素敵な人生だったじゃないですか」
彼は頷き、私に右手を差し出した。
私はその手を取り、彼をゆっくりと立ち上がらせた。
そのまま、改札へと向かう。
駅構内のスピーカーから、ベートーヴェンの「交響曲第9番ニ短調作品125」が流れてくる。
「第九」、駅長の趣味だったな。
昭和の名残りは、この駅にも根強く残っている。
私達が変えていくか、これからも守り続けるか。
振り返ると、男が目を細め、曲に聴き入っているのを見て、まあしばらくこれでいいか、と心に思った。
改札の向こうで、二人の老夫婦が待っている。
男の両親だろうか。
彼は二人の姿を認めると、一瞬目を丸くして、その後すぐに満面の笑顔となった。
この瞬間が、この仕事の醍醐味だ。
男は老夫婦と再会を喜び合い、私に礼を言うと、三人肩を並べて駅を離れてゆく。
その背中に、「第九」のメロディは妙にマッチしていた。
駅長の趣味も、なかなか悪くない。
ホームに戻ると、すでに最終列車は走り去っていた。
次の停車駅は「令和7年」駅。
今私がいるこの駅は消え去り、人々は新しい駅で降りて、新しい一年を始める。
来年も、イイ年でありますように。
12/20/2024, 1:47:28 PM