Ryu

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12/18/2024, 1:35:51 PM

「元気だった?」
半年前に別れた彼女は、以前と何も変わらない屈託のない笑顔で、僕を待っていた。
駅前のロータリー。
夜の遅い時間のためか、駅から出てくる人の数も少ない。
「特に変わらないよ。遅くなってごめん」
「君が時間通りに来るなんて思ってないよ。何年付き合ったと思ってんの」
いたずらっぽく笑う。何も変わっていない。
「…で、話って何?」

彼女から突然呼び出された。
『私の話を聞く気があるなら、今夜11時に駅前集合!』
これだけ。
腹を立てる気にもなれない。
そんな彼女だった。

とりあえず、ファミレスに移動。
それなら最初からファミレスで待ち合わせすれば、と思うが、彼女のスタイルとしては、『駅前で寒さに凍えながら(元)彼を待つ自分』というのを演出したかったらしい。

「ここはあったかいね。美味しいものもたくさんあって最高」
「小学生かよ。何度も来てるファミレスじゃん」
「だから最高なの。いつも私達を温かく迎えてくれる」
「お金を払うお客様だからな。で、話とは?」
彼女のペースに乗ってしまうと、朝まで無駄話になってしまう。
付き合ってた頃は、それが楽しくて仕方なかったけど。
「まあまあ、そう焦りなさんな。コーヒー、飲む?」
僕の答えも聞かずに、彼女が立ち上がってドリンクバーへ向かう。
その後ろ姿が、半年前のあの日を思い出させる。

別れた理由は、彼女からの一方的なサヨナラだった。
「付き合っていけなくなったの。だからサヨナラ」
そんな感じだった。
僕に背中を向けて去ってゆく。
ちょっと待って、なんて言葉はあの日の公園に置いてきぼり。
それから半年間、何の音沙汰もなく、今日突然の招集命令となる。
まったく、彼女らしい。

「どうしてたの?この半年間」
「どうしてたって…そりゃ普通に生きてたよ。突然彼女に捨てられたら、休日に出掛ける場所も限られてくるし」
「私のせい?…まあそうか、突然だったもんね」
「他人事みたいに言うなよ。理由も聞かされてなくて、納得できると思うか?」
思わず責めるような口調になるが、彼女に気にしてる様子はなく、淡々と話し始める。

「あの夏ね、私の弟が、同級生を刺しちゃったの。命に別状はなかったんだけど、弟は逮捕されて、居づらいよね、この町。君に迷惑かけるのも嫌だったし、今はおばあちゃんちで生活してるの」
簡潔にまとめられた事後報告。
「なんで…あん時に言わないんだよ」
「だから、迷惑かけたくなかったし、言ったところで、でしょ。きっと君は、『そんなの関係ない』って言ってくれて、今まで通り接してくれようとするし、私がそれを許せなかっただけ」

彼女の言い分はよく分からない。
でも、それも含めて彼女は彼女のままだった。
僕が大好きな、彼女のままだった。

「それで、今日は?話って何だったの?」
「うん。言いたいこと言うね。あのね、せめて、冬の間だけでも一緒にいたいの。おばあちゃんち、おばあちゃんと猫一匹しかいなくて寂しいんだ。おばあちゃん、足腰弱ってるから買い物とか付き合ってもらえないし、猫はいっつも寝てばっかりで…」
「あーもーいいよ、話は分かったから。要するに、よりを戻そうってこと?」
「よりを戻すって…別れたつもりないけど」
「マジで言ってる?サヨナラって言ったのに?」
「だから、しばらく会えないからサヨナラって。別れるなんて言ってない」
「無理だよそんなの。無理がありすぎる」
「無理なの?じゃあ、冬も一緒にいられない?」

冷めたコーヒーが苦すぎて、これ以上飲めそうにない。
そしてもう、自分の気持ちすらよく分からない。
振り回されて、バカにされているようで、でもきっと彼女は彼女なりに一生懸命なんだって、分かってる。
そして、そんな彼女が僕は好きなんだって。

「えーとね、ひとつ約束してくれる?」
「何何何?」
「冬の間、僕はホットカフェオレを飲みたい。だから、勝手にブラックを選ぶのはやめて」
「うんうんうん。それで?」
「それで…いや、それだけ」
「それだけ?じゃあ、カフェオレ持ってくるね」
「ちょっと待って、受け入れが早いって」

で、今年の冬は一緒に過ごすことにした。
半年前のように恋人として…いや、また最初からやり直しかな。
だって、きっと彼女は、新しいスタートを切りたいんだろう。
彼女の中で、家族の不祥事を受け入れて、自分を許す時間が必要なんだと思う。
そして、その間の寂しさを埋めるのが、彼氏としての僕の役目。
うん、悪くない。僕は彼女が好きだから。

冬が終わっても、君には寂しがっていてもらいたい。

12/18/2024, 2:33:17 AM

とりとめもない話をしようとして話題を模索するが、ことごとくすでにこの場で書いてしまっていることに気付く。
つまりは、今まで書いてきたものが、ほとんどとりとめもない話だったということか。
うん、否めない。
コンセプトやプロットなんてもんはテキトーだし、行き当たりばったりでなんとか書き上げてるだけ。
まあ、プロでもない私にはこれが精一杯。

過去には、プロになりたいと思ったこともあったかな。
昔から書くことは好きだった。
そーいえば、大学生の頃に「秋元康の作詞塾」なんて通信教育を受けていた記憶がある。
お題の歌詞を書いて送ると、秋元康(の事務所のどなたか)が採点してくれて返されるという、進研ゼミみたいなシステムだった。
今思えば、ちょっとした黒歴史だ。
いや、秋元康は素晴らしい作詞家だが、自分とは方向性が違ってたってこと。

プロの作詞家と自分を並べて比較するという、とんでもない暴挙に出ているが、まあ、とりとめもない話ということでご容赦願いたい。
でも確か、あの教材もなかなかのお値段だったはずだけど、学生時代の自分がどう工面していたのか、まるで覚えていない。
バイトはしてたけど、そんな状況で夢に向かって突進してしまうほど、あの頃の自分は無謀で勇敢だったということか。
それとも、親の仕送りをそんなことに…もとい、夢への投資に注ぎ込んでいたということか。

あの投資は、今、活かされているのか。
活かされているとすれば、このアプリ?
いやいや、日常のボキャブラリーだって豊富になったはずだ。
人と言葉は切っても切り離せない。
きっとどこかであの日覚えたワードテクニックが活かされている。
もしかしたらもしかして、そのおかげで今の奥さんを口説き落として結婚できたのかもしれないじゃないか。
いやホント、とりとめもない話。

12/16/2024, 12:55:30 PM

つい数日前に、しっかり38度の熱を出した。
次の日には平熱に戻ったが、それでも病み上がりの状態はキツく、仕事を二日休んだ。
同僚に迷惑をかけ、仕事も少し遅らせる。
喉も痛く鼻づまりで、明らかに風邪の症状だ。
この季節、用心しないとすぐにこんなことになる。

その数日後の今日、仕事明けで帰宅したところ、妻から、ガンで闘病生活を続けていた妻の友達が亡くなったと聞く。
我が家と同じ、二人の娘を持つ母親だった。
幼稚園の頃から、娘同士が同級生で、母親同士も仲が良く、もう十数年の付き合いになる。
数年前からガン治療を続けていることは聞いていたが、あまりにも突然に…妻は洗面所で一人、泣いていた。

私はといえば、面識はあり、話したこともあるが、その訃報を聞いて、どんな言葉を返すのが適当なのかも分からない。
一緒に泣くものでもなく、慰めようにも、きっと薄っぺらい言葉しか出てこないだろう。
そっとしておいた方がイイような気がして、とはいえ、なんだかYouTubeやゲームをやるのも憚られて、いつもより早めに眠りにつくことになりそうだ。

風邪で過ごした二日間は辛かった。
でも、自分は生きている。
そんな状態の自分の体に嫌気が差したりもしたが、それでも自分の体は生きるために必死で活動を続けていた。
発熱しウィルスを駆逐し、咳をして細菌を吐き出そうとして。
これを感謝せずにいられようか。
そして打ち勝った。勝てなかった人もいる。
これが、生きるということ、そして、生を終えること。

今はただ、合掌。

12/15/2024, 12:21:35 PM

冬が来ると雪を待っていた時代が、自分にもあった。
寒さなんか気にせずに、ただ真っ白な雪景色を待ちわびていた時代が。
今では、雪の予報を耳にすれば、まず翌日の電車の運行が心配になる。 
駅までの道のりを歩くのにも危険が付きまとうし、寒さも一層増して、ポケットに手を入れて体を丸めながらの出勤だ。
明らかに迷惑な朝となる。

これが、大人になるということか。
…なんて、ちょっとだけ寂しくなる。

でもたぶん、たとえば富良野の雪原に一人立ち、キラキラと光る照り返しを受けて、その光景をじっくり堪能できるとしたら、きっとこの世界は素晴らしいと思えるんじゃないだろうか。
自分の心が荒んでしまった訳じゃない、暮らしの中で、雪を待つ気持ちが薄れてしまうような現実と闘っているだけ。
それが、大人になるということ。

子供の頃に見た雪景色は、今でも心に残ってる。
この記憶がある限り、自分はこの世界に絶望しない。
両親が見守ってくれる世界。
時の流れが永遠だった時代。

またいつか、あの頃の感情を取り戻して、白銀の世界を楽しめる日が来るだろうか。
その時はまあ、のんびり温泉にでも浸かって、雪見酒なんていいかもな。
大切な人と一緒に、闘いを終えた後の休息の一時を過ごしたい。
今はただ、その日を夢描いて、眼前に広がる雪を待つ。

12/14/2024, 3:47:04 PM

歩道橋の上から、ビルの谷間に見える夕焼け。
吹き抜ける風が冷たくて、コートの襟を立てる。
眼下に走る街道の両脇に並んだ街路樹には、もうすぐ点灯されるイルミネーションの電球が巻き付いて、なんだか汚らしい。

「木々もイイ迷惑だよな。がんじがらめにされて」
隣で橋の欄干に頬杖をついていた彼女が、こちらに顔を向ける。
「そのおかげでこの後、綺麗なライトアップが見られるんだから、感謝しないと」
「まだ15分もあるぞ。この寒いのにホントに待つのかよ」
「せっかくいいタイミングで通りかかったんだからさ、少し見ていこうよ。急いで帰る理由もないでしょ」
「課長が結果報告を待ってイライラしてるかもしれないぞ。面倒なクライアントだからな」
「15分くらい大丈夫だよ。商談はうまくいったんだし」

商談の成功は彼女のおかげだ。
彼女にはきっと、人たらしの才能がある。
そんな彼女に惹かれてゆく俺は、本当は15分どころか、ずっとここにいたい。

「この季節ってさ、なんかちょっと、わけもなく切なくなったりしない?あの夕焼けとかさ」
彼女が、ビルの谷間に沈みそうな太陽を見つめながら言う。
「なるね。一年が終わってゆく感じもするしね。そのくせ、街はなんだか賑わってて、それがまたなんか、終わりを迎える前の最後の灯火みたいで」
「年を越えたって、別に何にも変わらないのにね。おんなじ毎日が続くだけで」
「そーだな。でもそれを言ったら、記念日なんかも同じだよ。その日は何もない、普通の一日だし」
「そうか。でもそれはなんか、寂しいな。記念日はやっぱり、特別な日であって欲しいよ」
「うん。そして正月も、仕事を休んで餅食ったりゴロ寝出来る、特別な日であって欲しいよ」

見下ろすと、歩道に人が増えてきた。
点灯まであと7分。
太陽は完全に沈んでしまい、街は薄闇に包まれる。
寒さも増してゆき、コートの襟を合わせる。
それを見た彼女が、

「寒くなってきたね。やっぱりもう帰る?」
「ここまで来て何言ってんだよ。あともう6分だぞ」
「明日、私のせいで風邪ひいたとかって会社休まれても困るし」
「だから、もう手遅れだって。風邪ひくならひいてるよ」
「そっか。じゃあ、もし風邪ひいちゃったら、お見舞いに行ってあげるね」
「なんで俺だけが風邪ひく前提なの?お前だってその可能性はあるだろ」
「寒くても、楽しんでる人は風邪ひかないんだよ」
「なんだよ、その理論」
「子供なんか、半袖半ズボンで走り回ってるじゃん。楽しくて仕方ないって感じで」
「次の日のその子を知ってる訳じゃないだろ」
「そうだけど、きっと次の日も半袖半ズボンで走り回ってるよ。子供は風の子だもん」

その理論なら、俺も絶対風邪はひかないな。
風邪をひいたら、せっかくお見舞いに来てくれるってのに。
まあ、これもリップサービスってやつかな。
なんせ、天性の人たらしだし。
それなら、元気に出社して、一緒に営業先回りしてた方が幸せかも。

「あ、そろそろ点灯するよ」
彼女が腕時計を見ながらそう言った矢先、眼下の漆黒がまばゆい明かりに照らされ、街道がどこまでも、淡いオレンジ色に染められた。
世界が、変わる。生まれ変わる。

「さっきまでと同じ場所だとは、思えないね」
「うん」
「でもなんか、切ないのは私だけ?」
「いや、きっとこの景色には、切ない曲が似合うと思うよ、俺も」
「そっか、そーゆーことか。クリスマスとかバレンタインデーみたいに、メディアに洗脳されてるんだな、私は」
「いや、そーゆーことじゃないと思うけど」

二人でこの光景を見て、自分の中で、二人の間の何かが変わった気がした。
勝手な思い込みに違いないが。
いやきっと、同じこの場所にいる彼女だって…。
なんだか嬉しさが込み上げてきて、でもそれを気取られたくなくて、出来るだけ冷静な態度で話す。

「メディアに洗脳されて、勘違いするのも悪くないかも」
「えっ?切なくなるのに?」
「この季節はさ、その感情が正解なんだよ、きっと」
「えー、これからクリスマスとかお正月とか、楽しいイベントが待ってるのに?」
「切ないと楽しい、どっちなんだよ。とにかくさ、エモさ満載な季節ってこと。物悲しかったり人恋しかったり」
「心躍ったり、惑わされたり?」
「だから、ソワソワして、ワクワクしてさ、ドキドキして、フワフワするんだよ」
「…切なさどこいった?」

会社に戻って、上司に成果報告。
彼女の手柄なのに、何故か俺ばかり褒められた。
訂正しようかと思ったが、隣で彼女が満面の笑みだったので、そのままお褒めに預かった。

帰りの電車の窓から見える街並みには、見慣れた夜の明かりが散らばっていた。
魔法が解けたような気分で、一人シートに身を沈める。
何も…変わってなかったかな。
単なる思い込みか?
惹かれ始めてはいるが、告白はまだ早いと思っている。
彼女が途中入社してきて、もうすぐ1年。
営業成績をグングン上げていく彼女に、気後れしてることも事実だ。
ホント、情けない先輩だよ。

気付くと、彼女からのLINEが届いていた。
「今日はお疲れ様でした。商談うまくいって良かったですね。あと、イルミネーション綺麗でしたね。先輩と見られて良かったです。今日が何かの記念日になったらなって思います。何も特別じゃないですけど」

ホントあいつ、人たらしだよな。
こんな時だけ先輩扱いしやがって。
普段はあんな無邪気に喋るくせに。

俺にとっては、今日は特別な記念日だよ。
二人の関係は変わらなくても、俺の中では何かが動いたんだ。
イルミネーションが終わってしまうまでの間に、もう一度、あの光景を二人で見たい。
がんじがらめにされてしまう木々に感謝しつつ、彼女の理論に反して風邪の予感を感じつつ、今日と同じルートの営業先に二人で出向く日が、この季節に再び来ることを願う。

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