Ryu

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歩道橋の上から、ビルの谷間に見える夕焼け。
吹き抜ける風が冷たくて、コートの襟を立てる。
眼下に走る街道の両脇に並んだ街路樹には、もうすぐ点灯されるイルミネーションの電球が巻き付いて、なんだか汚らしい。

「木々もイイ迷惑だよな。がんじがらめにされて」
隣で橋の欄干に頬杖をついていた彼女が、こちらに顔を向ける。
「そのおかげでこの後、綺麗なライトアップが見られるんだから、感謝しないと」
「まだ15分もあるぞ。この寒いのにホントに待つのかよ」
「せっかくいいタイミングで通りかかったんだからさ、少し見ていこうよ。急いで帰る理由もないでしょ」
「課長が結果報告を待ってイライラしてるかもしれないぞ。面倒なクライアントだからな」
「15分くらい大丈夫だよ。商談はうまくいったんだし」

商談の成功は彼女のおかげだ。
彼女にはきっと、人たらしの才能がある。
そんな彼女に惹かれてゆく俺は、本当は15分どころか、ずっとここにいたい。

「この季節ってさ、なんかちょっと、わけもなく切なくなったりしない?あの夕焼けとかさ」
彼女が、ビルの谷間に沈みそうな太陽を見つめながら言う。
「なるね。一年が終わってゆく感じもするしね。そのくせ、街はなんだか賑わってて、それがまたなんか、終わりを迎える前の最後の灯火みたいで」
「年を越えたって、別に何にも変わらないのにね。おんなじ毎日が続くだけで」
「そーだな。でもそれを言ったら、記念日なんかも同じだよ。その日は何もない、普通の一日だし」
「そうか。でもそれはなんか、寂しいな。記念日はやっぱり、特別な日であって欲しいよ」
「うん。そして正月も、仕事を休んで餅食ったりゴロ寝出来る、特別な日であって欲しいよ」

見下ろすと、歩道に人が増えてきた。
点灯まであと7分。
太陽は完全に沈んでしまい、街は薄闇に包まれる。
寒さも増してゆき、コートの襟を合わせる。
それを見た彼女が、

「寒くなってきたね。やっぱりもう帰る?」
「ここまで来て何言ってんだよ。あともう6分だぞ」
「明日、私のせいで風邪ひいたとかって会社休まれても困るし」
「だから、もう手遅れだって。風邪ひくならひいてるよ」
「そっか。じゃあ、もし風邪ひいちゃったら、お見舞いに行ってあげるね」
「なんで俺だけが風邪ひく前提なの?お前だってその可能性はあるだろ」
「寒くても、楽しんでる人は風邪ひかないんだよ」
「なんだよ、その理論」
「子供なんか、半袖半ズボンで走り回ってるじゃん。楽しくて仕方ないって感じで」
「次の日のその子を知ってる訳じゃないだろ」
「そうだけど、きっと次の日も半袖半ズボンで走り回ってるよ。子供は風の子だもん」

その理論なら、俺も絶対風邪はひかないな。
風邪をひいたら、せっかくお見舞いに来てくれるってのに。
まあ、これもリップサービスってやつかな。
なんせ、天性の人たらしだし。
それなら、元気に出社して、一緒に営業先回りしてた方が幸せかも。

「あ、そろそろ点灯するよ」
彼女が腕時計を見ながらそう言った矢先、眼下の漆黒がまばゆい明かりに照らされ、街道がどこまでも、淡いオレンジ色に染められた。
世界が、変わる。生まれ変わる。

「さっきまでと同じ場所だとは、思えないね」
「うん」
「でもなんか、切ないのは私だけ?」
「いや、きっとこの景色には、切ない曲が似合うと思うよ、俺も」
「そっか、そーゆーことか。クリスマスとかバレンタインデーみたいに、メディアに洗脳されてるんだな、私は」
「いや、そーゆーことじゃないと思うけど」

二人でこの光景を見て、自分の中で、二人の間の何かが変わった気がした。
勝手な思い込みに違いないが。
いやきっと、同じこの場所にいる彼女だって…。
なんだか嬉しさが込み上げてきて、でもそれを気取られたくなくて、出来るだけ冷静な態度で話す。

「メディアに洗脳されて、勘違いするのも悪くないかも」
「えっ?切なくなるのに?」
「この季節はさ、その感情が正解なんだよ、きっと」
「えー、これからクリスマスとかお正月とか、楽しいイベントが待ってるのに?」
「切ないと楽しい、どっちなんだよ。とにかくさ、エモさ満載な季節ってこと。物悲しかったり人恋しかったり」
「心躍ったり、惑わされたり?」
「だから、ソワソワして、ワクワクしてさ、ドキドキして、フワフワするんだよ」
「…切なさどこいった?」

会社に戻って、上司に成果報告。
彼女の手柄なのに、何故か俺ばかり褒められた。
訂正しようかと思ったが、隣で彼女が満面の笑みだったので、そのままお褒めに預かった。

帰りの電車の窓から見える街並みには、見慣れた夜の明かりが散らばっていた。
魔法が解けたような気分で、一人シートに身を沈める。
何も…変わってなかったかな。
単なる思い込みか?
惹かれ始めてはいるが、告白はまだ早いと思っている。
彼女が途中入社してきて、もうすぐ1年。
営業成績をグングン上げていく彼女に、気後れしてることも事実だ。
ホント、情けない先輩だよ。

気付くと、彼女からのLINEが届いていた。
「今日はお疲れ様でした。商談うまくいって良かったですね。あと、イルミネーション綺麗でしたね。先輩と見られて良かったです。今日が何かの記念日になったらなって思います。何も特別じゃないですけど」

ホントあいつ、人たらしだよな。
こんな時だけ先輩扱いしやがって。
普段はあんな無邪気に喋るくせに。

俺にとっては、今日は特別な記念日だよ。
二人の関係は変わらなくても、俺の中では何かが動いたんだ。
イルミネーションが終わってしまうまでの間に、もう一度、あの光景を二人で見たい。
がんじがらめにされてしまう木々に感謝しつつ、彼女の理論に反して風邪の予感を感じつつ、今日と同じルートの営業先に二人で出向く日が、この季節に再び来ることを願う。

12/14/2024, 3:47:04 PM