Ryu

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12/15/2024, 12:21:35 PM

冬が来ると雪を待っていた時代が、自分にもあった。
寒さなんか気にせずに、ただ真っ白な雪景色を待ちわびていた時代が。
今では、雪の予報を耳にすれば、まず翌日の電車の運行が心配になる。 
駅までの道のりを歩くのにも危険が付きまとうし、寒さも一層増して、ポケットに手を入れて体を丸めながらの出勤だ。
明らかに迷惑な朝となる。

これが、大人になるということか。
…なんて、ちょっとだけ寂しくなる。

でもたぶん、たとえば富良野の雪原に一人立ち、キラキラと光る照り返しを受けて、その光景をじっくり堪能できるとしたら、きっとこの世界は素晴らしいと思えるんじゃないだろうか。
自分の心が荒んでしまった訳じゃない、暮らしの中で、雪を待つ気持ちが薄れてしまうような現実と闘っているだけ。
それが、大人になるということ。

子供の頃に見た雪景色は、今でも心に残ってる。
この記憶がある限り、自分はこの世界に絶望しない。
両親が見守ってくれる世界。
時の流れが永遠だった時代。

またいつか、あの頃の感情を取り戻して、白銀の世界を楽しめる日が来るだろうか。
その時はまあ、のんびり温泉にでも浸かって、雪見酒なんていいかもな。
大切な人と一緒に、闘いを終えた後の休息の一時を過ごしたい。
今はただ、その日を夢描いて、眼前に広がる雪を待つ。

12/14/2024, 3:47:04 PM

歩道橋の上から、ビルの谷間に見える夕焼け。
吹き抜ける風が冷たくて、コートの襟を立てる。
眼下に走る街道の両脇に並んだ街路樹には、もうすぐ点灯されるイルミネーションの電球が巻き付いて、なんだか汚らしい。

「木々もイイ迷惑だよな。がんじがらめにされて」
隣で橋の欄干に頬杖をついていた彼女が、こちらに顔を向ける。
「そのおかげでこの後、綺麗なライトアップが見られるんだから、感謝しないと」
「まだ15分もあるぞ。この寒いのにホントに待つのかよ」
「せっかくいいタイミングで通りかかったんだからさ、少し見ていこうよ。急いで帰る理由もないでしょ」
「課長が結果報告を待ってイライラしてるかもしれないぞ。面倒なクライアントだからな」
「15分くらい大丈夫だよ。商談はうまくいったんだし」

商談の成功は彼女のおかげだ。
彼女にはきっと、人たらしの才能がある。
そんな彼女に惹かれてゆく俺は、本当は15分どころか、ずっとここにいたい。

「この季節ってさ、なんかちょっと、わけもなく切なくなったりしない?あの夕焼けとかさ」
彼女が、ビルの谷間に沈みそうな太陽を見つめながら言う。
「なるね。一年が終わってゆく感じもするしね。そのくせ、街はなんだか賑わってて、それがまたなんか、終わりを迎える前の最後の灯火みたいで」
「年を越えたって、別に何にも変わらないのにね。おんなじ毎日が続くだけで」
「そーだな。でもそれを言ったら、記念日なんかも同じだよ。その日は何もない、普通の一日だし」
「そうか。でもそれはなんか、寂しいな。記念日はやっぱり、特別な日であって欲しいよ」
「うん。そして正月も、仕事を休んで餅食ったりゴロ寝出来る、特別な日であって欲しいよ」

見下ろすと、歩道に人が増えてきた。
点灯まであと7分。
太陽は完全に沈んでしまい、街は薄闇に包まれる。
寒さも増してゆき、コートの襟を合わせる。
それを見た彼女が、

「寒くなってきたね。やっぱりもう帰る?」
「ここまで来て何言ってんだよ。あともう6分だぞ」
「明日、私のせいで風邪ひいたとかって会社休まれても困るし」
「だから、もう手遅れだって。風邪ひくならひいてるよ」
「そっか。じゃあ、もし風邪ひいちゃったら、お見舞いに行ってあげるね」
「なんで俺だけが風邪ひく前提なの?お前だってその可能性はあるだろ」
「寒くても、楽しんでる人は風邪ひかないんだよ」
「なんだよ、その理論」
「子供なんか、半袖半ズボンで走り回ってるじゃん。楽しくて仕方ないって感じで」
「次の日のその子を知ってる訳じゃないだろ」
「そうだけど、きっと次の日も半袖半ズボンで走り回ってるよ。子供は風の子だもん」

その理論なら、俺も絶対風邪はひかないな。
風邪をひいたら、せっかくお見舞いに来てくれるってのに。
まあ、これもリップサービスってやつかな。
なんせ、天性の人たらしだし。
それなら、元気に出社して、一緒に営業先回りしてた方が幸せかも。

「あ、そろそろ点灯するよ」
彼女が腕時計を見ながらそう言った矢先、眼下の漆黒がまばゆい明かりに照らされ、街道がどこまでも、淡いオレンジ色に染められた。
世界が、変わる。生まれ変わる。

「さっきまでと同じ場所だとは、思えないね」
「うん」
「でもなんか、切ないのは私だけ?」
「いや、きっとこの景色には、切ない曲が似合うと思うよ、俺も」
「そっか、そーゆーことか。クリスマスとかバレンタインデーみたいに、メディアに洗脳されてるんだな、私は」
「いや、そーゆーことじゃないと思うけど」

二人でこの光景を見て、自分の中で、二人の間の何かが変わった気がした。
勝手な思い込みに違いないが。
いやきっと、同じこの場所にいる彼女だって…。
なんだか嬉しさが込み上げてきて、でもそれを気取られたくなくて、出来るだけ冷静な態度で話す。

「メディアに洗脳されて、勘違いするのも悪くないかも」
「えっ?切なくなるのに?」
「この季節はさ、その感情が正解なんだよ、きっと」
「えー、これからクリスマスとかお正月とか、楽しいイベントが待ってるのに?」
「切ないと楽しい、どっちなんだよ。とにかくさ、エモさ満載な季節ってこと。物悲しかったり人恋しかったり」
「心躍ったり、惑わされたり?」
「だから、ソワソワして、ワクワクしてさ、ドキドキして、フワフワするんだよ」
「…切なさどこいった?」

会社に戻って、上司に成果報告。
彼女の手柄なのに、何故か俺ばかり褒められた。
訂正しようかと思ったが、隣で彼女が満面の笑みだったので、そのままお褒めに預かった。

帰りの電車の窓から見える街並みには、見慣れた夜の明かりが散らばっていた。
魔法が解けたような気分で、一人シートに身を沈める。
何も…変わってなかったかな。
単なる思い込みか?
惹かれ始めてはいるが、告白はまだ早いと思っている。
彼女が途中入社してきて、もうすぐ1年。
営業成績をグングン上げていく彼女に、気後れしてることも事実だ。
ホント、情けない先輩だよ。

気付くと、彼女からのLINEが届いていた。
「今日はお疲れ様でした。商談うまくいって良かったですね。あと、イルミネーション綺麗でしたね。先輩と見られて良かったです。今日が何かの記念日になったらなって思います。何も特別じゃないですけど」

ホントあいつ、人たらしだよな。
こんな時だけ先輩扱いしやがって。
普段はあんな無邪気に喋るくせに。

俺にとっては、今日は特別な記念日だよ。
二人の関係は変わらなくても、俺の中では何かが動いたんだ。
イルミネーションが終わってしまうまでの間に、もう一度、あの光景を二人で見たい。
がんじがらめにされてしまう木々に感謝しつつ、彼女の理論に反して風邪の予感を感じつつ、今日と同じルートの営業先に二人で出向く日が、この季節に再び来ることを願う。

12/13/2024, 1:38:58 PM

注ぐ愛は持っているが、注ぎ方が分からない。
そもそも、愛とは注ぐものなのか?
自分の中にタプタプと溜めて、愛情込めた眼差しで見つめてるだけじゃダメ?
きっとそのうち愛が溢れ出して、注がずとも相手に流れ込む時が来るかもしれないけど。

行動で見せる愛は、本物か否かの見極めが難しい。
その理由は人それぞれだから。
私利私欲だったり、承認欲求だったり、謀略や下心から生まれる行動だったり。
家族や親子なら、まだ本物の愛を示しやすいかもしれないけど、それを日常にするのはやっぱり難しい。

だからまずは、自分自身に愛を注いで、自分の中にタプタプと溜めて、そのうちに愛が溢れ出すのを待とうかな。
そしたら、自分は満たされてるから、きっと嘘偽りなく誰かに愛を注げるかも。
惜しみない愛をあなたへ。
僕はもうお腹いっぱいだからね。

他人への愛とかリスペクトをまったく持たない人もいるんだろうな。
自分への愛すら持たない人も。
誰かを傷付けたり、自分を終わらせたり。
この存在はそんなに価値のないものなのか。
誰にだって両親がいて、産んでくれて育てられたからこそ、今ここにいる。
軽んじていい理由なんてどこにもない。

愛の注ぎ方。
そんなもん知らなくても、きっと誰かを幸せにすることは出来る。
自分がそこにいるだけで。
誰かがそこにいるだけで、自分が愛に包まれ幸せを感じられるように。
そんな以心伝心が、愛を注ぐということなのかもしれない。

12/12/2024, 3:01:50 PM

こんなに生きてきても、本当に心と心が通じ合う人に出会えた気がしない。
そもそも、そんな人がいるのかさえ疑わしい。
意気投合できる人はいるけど、深く知り合うと違いが見えてくる。
時には、突然「え!なんで?」と思わされることもある。
そのくらい人は十人十色。だから面白い。

だけど、心のどこかでは、自分とまったく同じ心を持った人に出会いたいと願っている気がする。
何をしても理解され、何を話してもぶつかることなく、延々と思いの共有ができて…改めて書いてみると、楽しいのか、これ。
自分の中だけでやってりゃいいような気もするな。
何しろ、実際に出会ったことがないから、ホントのところは分からない。

ただ、よく思うのは、心の機微っていうか、繊細な部分を持っているかいないかの違いがあって、そのどちらが幸せなのかなってこと。
ちょっとしたことで心が動いて、嬉しくなったり悲しくなったりする自分と、よほどのことがない限り動じない余裕のある人。
ぶっちゃけ、敏感さんと鈍感さんだ。
敏感さんは感受性豊か。鈍感さんは…物事に流されない。
…どっちがいい?

願わくば、切り替えて使い分けたい。
いつもと変わらない夕焼けを見て、感動する心を失いたくはない。
でも、職場であった些細な出来事を、いつまでも引きずるようなガラスのハートは邪魔くさい。
心と心。これは自分の心の二面性だ。
あって欲しい一面と変えていきたい一面。
でも、私の心は唯一無二で、ここにひとつしかない。

どちらかを失えば、もう片方も消えてゆくし、思い通りにはいかないんだろうな。
これが自分だ、と胸を張ろう。それしかない。
敏感さんも鈍感さんも良し悪しだよな。
きっとバランスが取れてる。
こんな自分に生まれてきたことで、きっと世界の均衡が保たれてるんだ…と思い込もう。
それも、心のなせるワザだから。

12/11/2024, 2:51:04 PM

目の前で痴話喧嘩が始まって、何でもないフリは難しい。
かと言って、部外者の私が、余計な口を出すのも憚られる。
とりあえず、「皆が見てるし、やめましょうよ」と言ってみた。
喧嘩の原因は、「どちらが今夜、風呂の掃除をするか」らしい。
どっちでもいいがな、そう思いながらも、そこに触れる訳にはいかない。
それは、二人だけの問題だ。

やめましょうよ、と言ってみたところで、二人の喧嘩は終わらない。
まあこれは、どちらかが風呂掃除を引き受けるまで続くんだろう。
そして、どちらも引き受けるつもりはない。
この二人は、このスーパーの生鮮売り場で、延々と言い争い続けるのだろうか。
閉店し人が消え、店の照明が消された後の真っ暗な店内で、二人の言葉の応酬が延々と続く様を思い浮かべ、なんだか可笑しくて笑ってしまった。
そんなことになる訳がないのだが。

しばらくして、彼氏の方が彼女に、もしくは、夫の方が奥さんに、「家に帰ったら、じゃんけんで決めよう」と提案して、言い争いは収まった。
最初からそーしろや、と思いつつも、他人の私が口出しすることではない。
エリンギをカゴに入れて、レジへ向かう。

「なんか、大変なのに巻き込まれちゃってましたね」
レジ係の女性が聞いてくる。
私はこの店の常連で、店員さんとも顔見知り。
ついでにこの女性は、私が密かに恋心を抱いている相手だ。
「いやあ、何にも出来ませんでしたけどね。ただそばに突っ立ってただけで」
「夫婦喧嘩は犬も食わないって言いますからね。結局、なんだかんだで二人で解決しちゃうんですよね」
「夫婦って、そーゆーもんなんですかね」
「そーですよ。ウチの旦那も、つまらないことでちょくちょく文句言ってきますけど、気が付くといつしか仲直り」
「あー、そーなんですか」

顔見知りではあったが、人妻だとは知らなかった。
もーショックで倒れそうだけど、必死で何でもないフリ。

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