目の前で痴話喧嘩が始まって、何でもないフリは難しい。
かと言って、部外者の私が、余計な口を出すのも憚られる。
とりあえず、「皆が見てるし、やめましょうよ」と言ってみた。
喧嘩の原因は、「どちらが今夜、風呂の掃除をするか」らしい。
どっちでもいいがな、そう思いながらも、そこに触れる訳にはいかない。
それは、二人だけの問題だ。
やめましょうよ、と言ってみたところで、二人の喧嘩は終わらない。
まあこれは、どちらかが風呂掃除を引き受けるまで続くんだろう。
そして、どちらも引き受けるつもりはない。
この二人は、このスーパーの生鮮売り場で、延々と言い争い続けるのだろうか。
閉店し人が消え、店の照明が消された後の真っ暗な店内で、二人の言葉の応酬が延々と続く様を思い浮かべ、なんだか可笑しくて笑ってしまった。
そんなことになる訳がないのだが。
しばらくして、彼氏の方が彼女に、もしくは、夫の方が奥さんに、「家に帰ったら、じゃんけんで決めよう」と提案して、言い争いは収まった。
最初からそーしろや、と思いつつも、他人の私が口出しすることではない。
エリンギをカゴに入れて、レジへ向かう。
「なんか、大変なのに巻き込まれちゃってましたね」
レジ係の女性が聞いてくる。
私はこの店の常連で、店員さんとも顔見知り。
ついでにこの女性は、私が密かに恋心を抱いている相手だ。
「いやあ、何にも出来ませんでしたけどね。ただそばに突っ立ってただけで」
「夫婦喧嘩は犬も食わないって言いますからね。結局、なんだかんだで二人で解決しちゃうんですよね」
「夫婦って、そーゆーもんなんですかね」
「そーですよ。ウチの旦那も、つまらないことでちょくちょく文句言ってきますけど、気が付くといつしか仲直り」
「あー、そーなんですか」
顔見知りではあったが、人妻だとは知らなかった。
もーショックで倒れそうだけど、必死で何でもないフリ。
12/11/2024, 2:51:04 PM