未知亜

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1/22/2026, 9:11:18 AM

 既読のまま返事の途絶えたトーク画面をどのくらい見ていただろうか。今夜はもう眠ったのかもしれない。急に持ち上げてデレたり、突き放してみたり。誘導尋問にまた引っかかった。譲るつもりで言った言葉に君は容赦なく頬を張る。「私を利用しないで」と。

 あなたと言葉を交わす夜はね、何も手につかなくなるよ。急に喉を噛まれ逃げ出した手負いの獣。こんなにもドキドキしてこんなにも心細い。弱いように見せて君は決して傷つかない人だから。道を間違えるのはいつでも僕だった。

 箱を開いても開いても新たな箱の出てくる感じ。僕も大概懲りないな。あなたのいる水面はきらきら輝いて手が届きそうに見えるのに、実際はあまりに遠いんだ。

 治ったはずの傷口から紅色が流れつづける。だらだらと水底へ滲んで溶けて、痛みもなく命を削る。それすら愉しんでいるのだろうか。ほかでもない僕自身が。

 煌めく水面を僕は見上げる。今夜が特別な夜になる。君の友だち登録をそっと解除した。

『海の底』『特別な夜』

1/20/2026, 9:49:22 AM

 表通りに出ると、目の前を黒い影が横切った。強い風のなか、ムクドリの群れが次々と植え込みに集まり一斉に飛び立つ。
 右手にポケットに突っ込みかけて、親指に
チリリと痛みを感じる。治りかけたひび割れが、いつの間にかまたパックリ口を開けている。
 ホバリングして地面に一旦降りた一羽が、仲間の動きを真似て電線に飛んでいった。後から来た一群が次々とそれに続く。歩道橋をのぼって、幹線道路を見下ろして僕はひとり風によろけた。
 いま会ったばかりなのに。

『君に会いたくて』

1/19/2026, 9:34:04 AM

 目が覚めて車窓に目を凝らす。目的地まではまだ三駅ほどあった。首をほぐして左右に傾けると、耳の奥でゴリッと嫌な音がした。
 地下空間の真っ暗な控室で制服に着替えて、あやかしばかりが参加する宴会の給仕係とか。出社してからその日の業務地が発表され、どこまで歩けど辿り着けない仕事とか。近頃そんな夢ばかり見る。さっきのは、医師としてなにか手術をしかけて麻酔が切れて大惨事というものだ。

 スマホを取り出した。地下鉄が地上に出た。車体が動くにつれ、太陽が真正面へと移動する。夕陽がやわらかく瞳を刺す。隣の席には無心に漢字の書き取りをする学生服。

 日記代わりのSNSに今みた夢を書きかけるうち、輪郭が次々とぼやけていく。デリートボタンを連打して、住宅街に沈む光を眺めた。


『閉ざされた日記』

1/18/2026, 9:58:32 AM


 鍋が沸き立ち火を弱める。シチューを作るつもりがルーを忘れていた。面倒になって、買い置きの鍋つゆを適当にぶちまける。
 ここ数日は春みたいな陽気だった。気温が元に戻っただけなのに、前より余計に寒い。心を木枯らしが吹きすぎていく。
「最初から」
 つぶやいた言葉が、じゃがいもと玉ねぎしか入っていない鍋に溶けた。
「あったかくなんかしなきゃいいのに」
 どうせ冷たくなるのなら。

『木枯らし』

1/17/2026, 9:24:55 AM


 フックを左手で軽く押さえ、できるだけ静かに受話器を置く。隣から伊田島さんが手のひらを上に向けて促すような仕草をした。デスクの上に、GABA入りチョコレートが置かれている。『ストレスと戦うあなたに』。
 いわゆるクレームの電話をストレスだと捉えたことはない。商品になにか不満があれば、ネットにクソ評価をつけて自分なら二度と買わない。わざわざ時間と手間をかけてお気持ち表明してくださるのだから、むしろ感謝である。
 とはいえカロリーを消費したことに違いはないので、礼を言ってさっそく封を切った。
「いつもながらすごいですよね」
 伊田島さんが、同じジップ式のパッケージを手の上で傾ける。
「なにが?」
「浪江さんの代弁力というか、納得させる能力?」
 チロッと目だけで右上を見ながら疑問形で言われ、チョコレートをガリガリ噛んだ。
「そうかな」
 思ったより甘い。
「別にうち、そういう専門部署ってわけでもないのに。様式美さえ感じます」
「単なる慣れだと思うけど」
「いえ。美しいの域に達してますね」
 伊田島さんの言葉は言い得て妙だった。
 似たような用件を受けるうち、形式のようなものが見えたのは確かだ。もっとも、気持ちが伴っていないとすぐに見透かされてはしまうが。
「まあ、長くやってるとね」
 いまはもう居ない同僚の姿が浮かび、チームの昼休憩を示すアラームにひっそりとかき消された。

『美しい』

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