フックを左手で軽く押さえ、できるだけ静かに受話器を置く。隣から伊田島さんが手のひらを上に向けて促すような仕草をした。デスクの上に、GABA入りチョコレートが置かれている。『ストレスと戦うあなたに』。
いわゆるクレームの電話をストレスだと捉えたことはない。商品になにか不満があれば、ネットにクソ評価をつけて自分なら二度と買わない。わざわざ時間と手間をかけてお気持ち表明してくださるのだから、むしろ感謝である。
とはいえカロリーを消費したことに違いはないので、礼を言ってさっそく封を切った。
「いつもながらすごいですよね」
伊田島さんが、同じジップ式のパッケージを手の上で傾ける。
「なにが?」
「浪江さんの代弁力というか、納得させる能力?」
チロッと目だけで右上を見ながら疑問形で言われ、チョコレートをガリガリ噛んだ。
「そうかな」
思ったより甘い。
「別にうち、そういう専門部署ってわけでもないのに。様式美さえ感じます」
「単なる慣れだと思うけど」
「いえ。美しいの域に達してますね」
伊田島さんの言葉は言い得て妙だった。
似たような用件を受けるうち、形式のようなものが見えたのは確かだ。もっとも、気持ちが伴っていないとすぐに見透かされてはしまうが。
「まあ、長くやってるとね」
いまはもう居ない同僚の姿が浮かび、チームの昼休憩を示すアラームにひっそりとかき消された。
『美しい』
1/17/2026, 9:24:55 AM