眠い……眠すぎる……。
いつものように自席に座って買ったばかりのおにぎりのフィルムを剥いだところで力尽きた。食欲より睡眠欲が買ってるなんて信じられない。よく会社まで辿り着けたものだ、私。
半ば押し付けられるようにして借りたDVDを、結局最後まで一気見してしまったのだ。すれ違い方があるあるだなーと思いながら、そろそろ1時かと思ったあたりまでは覚えてるんだけど、次に時計を見たのは外が明るくなったせいで。
「先輩さては、最後まで見たでしょ?」
隣に座った水谷さんが「おはようございます」をすっ飛ばして本題に切り込む。
「いやもう、とにかく余韻がヤバくて……!」
私の頭に走馬灯のように今朝見た風景がなだれ込んだ。
「こんなに綺麗だったのかって思ったね、この世界は」
我ながら馬鹿みたいだなと思いながらも上手く頭が回らず、握り締めたおにぎりを変形させる勢いでそれだけ言うと、
「なんですかそれ」
ノートパソコンを開いた水谷さんは「なんですかそれ」と冷たく言い放った。あれ? もしかして温度感違う感じ?
ロックコードを打ち込んだ指先が止まる。
「感想として、最っ高すぎます」
前を向いたまま呟くと、彼女は茶色がかった髪をふわりと揺らし、結んだ口許を手でぐっと覆った。
#300『この世界は』
どうしてお日さまは眩しいの?
どうして風はふくの?
どうしてひとりはさみしいの?
誰かとあるくと、どうしてこんなにたのしいの?
幼い頃母を困らせた質問の答えが、今頃わかった気がする。
青に変わった交差点の向こうから、答えが真っ直ぐ歩いてくる。
『どうして』
日が沈んだ後も明るかったらいいのに。
そう夢見た人がいるから、電気は生まれたんだろうね。
最初にそう思ってくれた人のお陰で、私たちは夜に出歩けてる。
想像できることしか、人は叶えられないから。
あなたの隣にいる夢を、私ももう少しだけ。
『夢を見てたい』
ありがとうって満面の笑みであなたが抱きついてきて、腕のやり場ってやつにあたしは初めて困り切ってしまった。鼻先に香る慣れたコロンが頭の芯を痺れさせる。親が子どもにするよりも軽いハグ。ひとりになったあたしが多分いく日も反芻するだろうハグ。
心の中で願ってから思い知る。到底そうできない時にだけ、唱える言葉じゃないかと。コートの上からあたしはあなたを抱き締め返す。可笑しなあきらめみたいなものをこの腕にぎゅっと籠めた。
『ずっとこのまま』
短くした髪には、まわりじゅうみんな気付いてくれた。
「一気に切ったねえ」
「可愛い」
「短いのも似合ってるよ」
とってつけたような誉め言葉が空々しい。私が髪を切った理由など、たぶんクラスメイト全員知ってる。予想通りの後悔と共に、私は返事をする。
「ずっと切りたかったんだー。さっぱりしたよー」
曖昧に笑うクラスメイトの中で君と目が合う。
「寒くない?」
すっかり友達の顔が尋ねる。
寒いに決まってんだろ! 誰のせいだと思ってんだ大馬鹿野郎ッ!
なんてことを叫ぶ代わりに、
「寒ーい」
とおどけて、私は自席に着いた。
『寒さが身に染みて』