電車から降りると、冷たい風が吹き付けた。あたたまった身体から急速に熱が奪われていく。歩きながらマフラーを取り出しぐるぐる巻いた。きしむ指先に息を吐きかけて、同じことを君がしてたなとおかしくなる。
駅を出たら真正面に夕空。薄い桃と紺の境目が、絵の具に水を垂らしたように曖昧になる。
私の知らないところで、できたら今日も何かに笑っててほしい。たまに揺さぶられて空を見上げても、明るく健康的に日々を送れていますように。
寒くなるとやはり思い出してしまうな。心の片隅で君の幸せを願うよ。そんくらいでたぶんちょうどいい。真ん中に置いてしまうと、なんだか重たいからね。
『心の片隅で』
学生時代を過ごした街はいわゆる豪雪地帯で、私が生まれてはじめて積雪を見た場所だった。
海に面した街は一年を通して曇りが多く、私のバックパックには常に折りたたみ傘が入れっ放しだった。気温が下がると雨は雪になる。そんな当たり前のことに、冬がくるたび私は感動した。
雪の降り始めはしんとしている。世界が耳を澄ますような静謐のあとに、よく雷が鳴った。真っ白な地面が、軒先が、標識や街灯が、紫に染まる。
わざわざ遠回りをして、まっさらな白に足跡をつけるのが好きだった。なにがおもしろいの? と嫌そうに言った君もまるごと。
『雪の静寂』
通された部屋には、いたるところにキャンバスが立てかけられていた。
桃と青のグラデーションに染まる空。エメラルドに打ち寄せる波しぶき。新緑のいきづく森。溺れそうなほど明るい色ばかり使われた世界に、人物はひとりもない。
「最後に描いてたのはこれ」
案内してくれた母親に示された絵は、夜の闇に浮かぶコンビニだった。街頭の灯りが暖かく世界を照らし、反射した光がキラキラ飛び交っている構図だ。
「あなただよね?」
店舗の前に座って肉まんのようなものにかぶりつく高校生は、僕と同じリュックを脇に置いて、隣に立つ君を見上げ笑っているように見えた。
布のなかの世界が光を浴びて輝く。
『君が見た夢』
寒空の下、手をつないで並ぶのはスイーツ店じゃなくてラーメン屋さんがいいな。ひそかな味変選手権を開催してたい。
あなたにね、ありがとって言われると、あたたかいものがじわりと満ちる。失敗か成功の二択じゃなくて、発見と成功の両取りに変わるんだ。
プールから見上げた晴れ間みたいに、明日は私がいっぱいありがとうを返すよ。
『明日への光』
星になるとか風になるとか言われるたびに口を塞いでやりたくなった。そんなの本気で信じてる奴なんているわけないし、信じたところで何も変わらない。
当時の僕が知りたかったのは、隣の誰かでも見知らぬ人でもなく、なんでうちの親じゃなきゃいけなかったのかってことだけ。
地球に流れてる時間なんて宇宙じゃなんの意味もない。流星はただの塵に過ぎない。
眼鏡のつるをいじりながら御手洗が言ったとき、いつもならイライラするのに不思議にストンと入ってきた。
時の流れは宇宙の膨張に過ぎない。
速く動くものほど時間の進み方が遅くなる。
どもりがちな声は、科学を語るときだけ淀みなく流れた。
死んだ人は星になるなんて俗説についてを、こいつならなんて説明するだろう。意外ともっともらしい由来を知ってたりして。
何万年も前の光を僕らは並んで見上げた。死んだ人間の魂かもしれない塵が、地上へと降る。
『星になる』