未知亜

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11/27/2025, 9:59:16 AM

 ジャージで過ごした翌日にワンピースを着てくるひとだった。不誠実を見過ごせず、朗らかによく笑う。そんなところが好きだと思った。
 あの日前屈みに教卓にもたれた脇から、無防備に白がのぞくのを、周りの男子たちがニヤニヤ見ていた。当時流行った歌の文句に似ている、淡い水色に白の縦縞が入ったワンピースだった。袖から少しはみ出た糸が、隠しきれない幼さに見えた。

 目の前で手が振られる。待ち合わせに現れたきみの、空を切り取ったようなワンピース。
「どしたの?」
 見上げられ、私は笑う。
「かわいいから見惚れちゃって」
 真実の一部分をクローズアップして言葉にすると、目の前のきみは「よしよし」と満足げに頷いた。

『時を繋ぐ糸』

11/26/2025, 8:52:21 AM

 視界の隅に、はらはらと黄色が落ちる。目を上げるのを待ち構えたように、何十枚というイチョウの葉が目の前に降る。地面がざあっと波立った。
 毎日歩いている通勤ルートだった。つい昨日まで黄色率はほぼなかったはずだ。自分が気づいていなかっただけだろうか。
 一足踏み出すたびに足元がカサコソと鳴る。すれ違う小学生がスニーカーの先で落ち葉を蹴り散らかす。街路樹は残らず紅葉したわけではなく、緑の葉ばかりの樹もあった。日当たりの違いだろうか。緑も黄も青空に映えて、葉先を風にそよがせている。
 メッセージアプリを既読で止めたままスマホを閉じ、しばし鮮やかな色彩を見ていた。

『落ち葉の道』

11/25/2025, 9:41:22 AM

 機嫌の良い時、まんざらでもない時、君は二回髪をかきあげる。犬の尻尾みたいだなあと毛先を眺めて私は思う。

 遅刻するよと眠そうに呟く頬を撫でて、実は今日休み取れたと伝えたら、ギッと音がしそうなほど瞳が見開かれた。
「マジで!?」
「マジで」
「無理してない?」
「……してない」
「ほんと?」
 下から覗き込まれ、返事が遅れる。嫌味をよこした部長のあばた面がよぎる。
「こういうのは、無理って言わないもん」
 嬉しくないの? と目を見て訊いたら、
「さあ、どうかな〜」
 面倒くさそうに目を逸らして、指先が二回、右の髪をかきあげた。

 大事なものは何なのか、知らせる鍵を君はすぐ隠すけど。不意に開けてくれるのもまた、君だけなんだ。

『君が隠した鍵』

11/24/2025, 9:59:07 AM


 あなたのこと育てているなんて思ったことは一度もなかった。むしろこちらのほうが、親にしてもらって、育てられていたよ。
 長い間もらってばかりでごめんね。これ以上時間を奪わずに済むと思うと、どこかホッとしてる部分もある。この先のあなたを見られないことは残念だけど。

 ねえ、いま夕焼けがとてもきれい。
 消える前にきてくれたら。一緒に見られたら。


 
『手放した時間』

11/23/2025, 7:54:13 AM


 一緒に出かける前、母は決して振り返らない。
 何時に出るよとか、早く支度しなさいとか、鏡の前から声を掛けるだけで、持ち物を一緒に確認したり髪をとかしてくれたり、そんな記憶はなかった。
 バタバタと鍵を掛け、私をエレベーターの中に追い立てる頃になってようやく目が合う。
「顔洗ったの?」
 と指で目尻をごしごしこすられた。
 近づいた紅色から、デパートの匂いがした。

『紅の記憶』

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