未知亜

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 一緒に出かける前、母は決して振り返らない。
 何時に出るよとか、早く支度しなさいとか、鏡の前から声を掛けるだけで、持ち物を一緒に確認したり髪をとかしてくれたり、そんな記憶はなかった。
 バタバタと鍵を掛け、私をエレベーターの中に追い立てる頃になってようやく目が合う。
「顔洗ったの?」
 と指で目尻をごしごしこすられた。
 近づいた紅色から、デパートの匂いがした。

『紅の記憶』

11/23/2025, 7:54:13 AM