ブランコの揺れが停まった。君の靴裏が砂をこするザッという音が響く。
「裕君が思う程、あたしは強くないよ」
水筒を取り出して、君はごくごくと中身を飲んだ。白い喉が規則的に上下するのを、不思議な気持ちで僕は見ていた。
「誰かの力になれてるって思うことで、言い聞かせてただけなんだよね」
自分にも、価値があるってさ。
こんなに悲しげに笑う君を僕は初めて見た気がする。水筒を握る指の先が喉よりも白くなっていた。君のことを照らせたらいいと、その時僕は強く願った。
多分自分からは、決して輝けないけれど。
『君を照らす月』
目の下に広がる模様をゴシゴシこすっていたら、通りすがりに肩をぶつけられた。
「痛っ」
わざとらしく顔をしかめてみせるあたしに、
「そんなことしたって消えないよ〜?」
君はぐりぐり頭を押し付ける。
「わかってるよ」
鏡に向き直ったあたしは、エイジング乳液を手のひらにもう一回分追加した。
「私は好きだけどな。だって、」
鏡の世界で君が頬を寄せる。羨ましいほど白い頬。
「木漏れ日の跡みたいで」
自分じゃ好きになれないところさえ、そのまま肯定してくれた、あなたこそが木漏れ日だったよ。
『木漏れ日の跡』
また来ようよ。
戸口の暖簾に手をかざし、きみは少しよろけて笑った。
年末が二度過ぎても、忘年会のハッシュタグと並ぶ知らない顔を眺めているだけ。
約束したじゃんなんて思ってないよ。
『ささやかな約束』
人の優しさが染みた時、美しい景色にほろりとした時、やっぱりあなたを思い出す。
愛を込めるなんて柄じゃないし、幸せ願うのもなんか違う。だからこの気持ちはもう祈りのようなものかもしれない。
今日もまた。
あなたが笑っていますように。助けてくれる誰かが何かが、あなたと共にありますように。どうにかなるさと明るく諦めて、下手くそな鼻歌を歌えていますように。
ひそかな祈りを重ねたとて、先には何もないけれど。
『祈りの果て』
店に戻った私を見た友紀は静かに口元に手をやり、なにか小さな声でつぶやいた。
今更多少見た目が変わったところで、意味なんかないと思ってた。だから友紀がヘアカットモデルの話を持ちかけて来た時も、深く考えずに引き受けたのだ。
毛先を揃えるついでに色をリタッチし、シャンプーとブローをしてもらっただけなのに、鏡の中には別人がいた。
「いや、ごめん、すごい……綺麗で」
「そ、そうだね。プロの腕はすごいね、やっぱ」
なんと返して良いやらわからず、違う角度で同意を示す私に、友紀が目を逸らし珈琲カップを傾ける。ほとんど中身の残ってないそれを。
2時間ほど前に出されたお揃いのカップはもうなかった。すっかり氷の溶けた水のグラスを私は所在なくなぞる。
ねえ。私たち、同じ迷路に迷ってると信じてもいいのかな?
まっすぐになった自分の髪からシャンプーが強く香る。
『心の迷路』