店に戻った私を見た友紀は静かに口元に手をやり、なにか小さな声でつぶやいた。
今更多少見た目が変わったところで、意味なんかないと思ってた。だから友紀がヘアカットモデルの話を持ちかけて来た時も、深く考えずに引き受けたのだ。
毛先を揃えるついでに色をリタッチし、シャンプーとブローをしてもらっただけなのに、鏡の中には別人がいた。
「いや、ごめん、すごい……綺麗で」
「そ、そうだね。プロの腕はすごいね、やっぱ」
なんと返して良いやらわからず、違う角度で同意を示す私に、友紀が目を逸らし珈琲カップを傾ける。ほとんど中身の残ってないそれを。
2時間ほど前に出されたお揃いのカップはもうなかった。すっかり氷の溶けた水のグラスを私は所在なくなぞる。
ねえ。私たち、同じ迷路に迷ってると信じてもいいのかな?
まっすぐになった自分の髪からシャンプーが強く香る。
『心の迷路』
11/13/2025, 9:54:20 AM