未知亜

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11/12/2025, 9:57:37 AM


 ドアが閉まり、私は笑顔を引っ込めた。鍵を掛ける自分の手が、古い映画でも観てるみたいに動く。
 テーブルに並んで置かれた青は鳥だとばかり思っていた。よく見ると小ぶりな花が絡み合い、花束みたいに寄り添っていた。まったく、馬鹿みたいに可愛い。
 こんなもの滅多に使わない癖に、張り切って出してきちゃって。ほんと可愛くて馬鹿みたい。

『ティーカップ』

11/11/2025, 9:58:56 AM


 カラオケを出たら辺りは暗くなっていた。
「5時かあ」
 スマホを見て仁美がつぶやく。途端に防災無線の音楽が流れた。夕焼け小焼けだった。
「こんな都会でも、地元と同じ曲流すんだねえ」
 仁美が目を細める。ビルとビルの間でピンクに染まった空。なぜだろう、一緒にいるのに寂しくて。
「あー?」
 仁美がこちらを向いて不意に明るい声を出す。
「カレーの匂いがして期待したのに、うちじゃなかった、みたいな顔してる」
 人を指ささないで、と払い先に立って歩いた。仁美だって寂しいと思う。じゃなきゃこんな時間に私とここに来なかったよね。
「ね、次どこ行く?」
 追いついた仁美を振り返ると、自然な気軽さを装ってその手を取り、私は意識して思い切り口角を上げた。

『寂しくて』

11/10/2025, 9:55:47 AM


 ふたりで過ごす時間に手を振ったあと、チャンネルを切り替えるように、きみはすぐ違う世界を歩いてる。
 どんなに楽しく過ごしても、ぼくの言葉で笑ってくれても。改札の向こうでスマホに目をやる顔はもう、ぼくの知らない笑い方。


『心の境界線』

11/9/2025, 9:57:52 AM

 
 今日までのすべてはきっと、ここにたどり着くための羽根みたいなものなんだよ。

 偉そうに演説してるな、と自分でも思った。自分もここに来たばかりの頃は、いや、もしかしたら今でも、大したことは分かって無いかも知れない。だけど仮でもいいから今の悩みに名前をつけられれば、自分の手で扱えていつか解決できるんだと信じられる気がする。
 無力感に泣くしかなかった夜も、眠れずに迎えてしまった朝も全部、無駄じゃない。
 こうならいいのにって思ってしまうってことは、理想や目的地がちゃんと見えてるってことだから。いまはぐるぐるしていても、そのうちそこに舞い降りていける。そう信じるしか無いんだよね。
 この世には知らないことがまだまだある。むしろ知らないからこそ、何にでもなれるから。

『透明な羽根』

11/8/2025, 9:59:01 AM


 少し離れて空を眺めていたら、「星が好きなんですか?」と穏やかに話しかけられる。厳格なほど距離を保ち、マグカップを手に年配の男が座った。名札には『ひろさん』と書かれている。
 身体の左側が焚き火に照らされ不思議なほど温かい。向かいで、串に刺さったマシュマロが数本焼かれていた。出入り自由の居場所空間と銘打たれたこの場所は、気付けば季節外れのバーベキューを呈している。
 話のきっかけは本当に些細なことだ。年齢や性別や、どんな悩みを持つかなど誰も先んじて聞こうとはしなかった。ささやかな、けれど確固たる信念というか、傷つけず傷つかないルールみたいなものを祐未は感じた。

『灯火を囲んで』

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