未知亜

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11/7/2025, 9:50:27 AM

 待ち望んだ晴れだから。羽毛布団を陽に干して、駅前のスーパーで、お湯を注いで作るスープと季節限定の生チョコを買い込んだ。湯たんぽと熊のもこもこ靴下も押し入れの奥から引っ張りだした。
 これで向かい向かい撃てるはず。ヒトリボッチで過ごす季節を。

『冬支度』

11/6/2025, 9:56:52 AM

 深煎りは83度。
 珈琲を淹れる時のお湯の温度だ。
 珈琲豆の歴史とか産地ごとの特徴とか、行きつけのお店のおすすめとか、星の数ほど披露された知識のなかで、なぜか唯一覚えていることだった。

 休日の朝は早起きして、熱心に道具を整えていた。珈琲一杯にどれだけ手間と時間をかけていたのだろう。注ぎ口が観葉植物の茎みたいに細いポットから、少しずつお湯を注いでは薄茶の雫が落ちるのを眺め、時が止まるようなこの時間が好きだなと、あなたは笑った。

『時を止めて』

11/5/2025, 7:17:54 AM


 ずっと下ばかり見て歩いていた。時折しゃくり上げてしまう声に、すれ違う人がなんとなく避けていくのがわかったけど、もうどうしようもなかった。
 視界に、小さな色紙をバラバラと撒いたようなオレンジが映る。仄かな香りがふわりと鼻をくすぐった。立ち止まったあたしは、ようやく頬を拭う。
 いわし雲を背に並んだ、秋の代名詞。それ以外の季節にはきっと誰も気に留めない、その花の花言葉は、初恋。

『キンモクセイ』

11/4/2025, 9:46:01 AM

「なーんでみんなすぐどっか行っちゃうんだろうね?
「みんなって?」
「みんなだよ。お財布にやって来る栄一も、学生時代に仲良かった子も、靴下の片っぽも」
「それってさ、ほんとに願ってる?」
「へ?」
「叶わない願いって本当には願ってないらしいよ?」
「なにそれ。誰情報よ?」
「こないだラジオで、ジェーン・スーが言ってた」
「ほお……」

 そんな会話を交わしたのは猛暑と呼ばれた頃だった。今回ばかりは本当に、心の底から願ってたのにな。

『行かないでと、願ったのに』

11/3/2025, 9:03:04 AM

 独特のアクセントで私を呼ぶ声。考える時に頬へ当てる指の癖。時折伸ばされて半音上がる語尾。耳にかかり切らずに一筋だけ零れる髪や、違う角度で上がる左右の眉。
 最初は一体どれだっただろう。数え上げればキリがない。蒐集しては心の奥へと仕舞い込んだそれらを、夜の底でひとり取り出して愛でる。
 息を呑むほど美しく、どれひとつ手の届かない美しいものたち。

『秘密の標本』

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