ㅤ朝陽の差す病室であなたは妙に背筋を伸ばし、外を見ながら言ったよね。
ㅤやっぱり君とはすぐにまた逢える気がするんだ。なんの根拠もないんだけどさ。
ㅤ好きだと言っていた歌を、私は小さく口ずさむ。
ㅤ現実はどうだからってことじゃないし、ずっと胸の中に生きてるとか精神論的な話でもない。
ㅤ砂に水が染み込むように、あの時のあなたをただ信じたいだけだ。
ㅤ音もなく立ち昇る煙を見上げ、心の中で呟いた。
ㅤじゃあね、さよなら——ほんの五十年くらい 。
『LaLaLa GoodBye』
どこまで行けるかな?
って呟いたあなたに、
どこまでも行けるよ
ってあたしは返した。
あの頃のあたしは、本当にそう思ってたから。
その時の唇の歪み、鼻から漏らした息、少しだけ下げた眉のことなんかを、二年経っても、それこそどこまでも、あたしは考えている。
『どこまでも』
ㅤ謂れ無いことで怒られ、去られ、嗤われ、いまや寄り添うのは自分の影だけ。細く長く伸びるそれを無言で見下ろす。
ㅤいつも望んでいない方向に歩かされ、気づいた時には知らない道に立っているのだ。どちらから来たのだったか、どこへ向かうのだったか、考えるのはやめてしまった。
ㅤ目を閉じて頭をカラにする。適当にステップを踏み、パッと目に入った方向に歩き始めた。どこかには繋がっているのが道であり、未知というものだから。
『未知の交差点』
ㅤ見て、と袖を引かれ、僕は立ち止まった。佳織の手が足元を指さしている。
ㅤ群生している花畑から離れた歩道の隅に、一輪だけ咲いてるコスモスだった。濃いピンクの花びらが風に揺れる。
「たぶん今、洋ちゃんこんな感じかなって」
ㅤぽつんと咲く花の前にしゃがみ、佳織が付け足した。
「いーんだよ、皆と同じ場所じゃなくたって。一輪でもちゃんと綺麗だし」
「待ってるわ、隣に佳織が来んの」
ㅤ同じようにしゃがむと、佳織の手を握り僕は笑いかけた。
「ずっと一輪じゃ、やっぱ寂しいからさ」
ㅤ思ったよりかは上手く笑えた気がした。
『一輪のコスモス』
ㅤ昼ごはんのおにぎりとスープを手にレジに並んだ時、肉まんのショーケースに気づいた。今年は随分早い気がした。
ㅤたとえば毎日通る道で、解体工事が始まってからとか、看板が広告募集中に変わってからとか、それまでここに何があったっけと思う。カップスープの蓋に器用におにぎりを載っけて、スマホを持った手で私は眉間を揉んだ。肉まんのショーケースが置かれた場所に、昨日まであったはずの物が思い出せない。
ㅤ先週はぐれた恋も似たようなものかも知れない。心のその部分をそれまで締めていたはずの何かを、私はもう思い出せない。
ㅤ背後の咳払いで我に返る。申し訳程度の会釈を返し、こちらに向かって手を挙げる店員へと私は歩み寄った。
『秋恋』