ㅤさっきから、同じページばかり何度も目で追っている。諦めて本を閉じ、ベッドに寝転がった。呻きじみた意味の無い言葉が喉から漏れる。
ㅤ何を選んでも選ばなくても。いつもそうじゃない方の未来をグズグズと想ってしまう。目の奥がじんとして、カーディガンの袖口を当てた。こんなに涙が溢れるのは、急に気温が下がったから。雨ばかり降ってるから。
ㅤ愛する、それ故に。ひとりぼっちでいるよりももっと寂しくなるのかもしれない。
『愛する、それ故に』
カードをかざして、重いドアを押し開ける。電気のスイッチを入れると、ただっ広いオフィスは瞬きをするように目を覚ました。
デスクに荷物を置き、イヤホンの音量を少しだけ下げて壁に目をやる。始業までは、まだ二時間近くあった。辞めたい辞めたいと願いながらの通勤だけど、空調も電気もぜんぶ独り占めして、こっそり音楽を聴きながらメールチェックに集中するこの時間が、私は嫌いじゃない。
ノートパソコンの電源を入れる。今朝の新着メールは百十三件だった。上から順にタイトルを追って、明らかに不要なものを削除していく。
アダム・レヴィーンの高音ボイスが次第に遠のいていく。不思議な静寂の中心で、私はじっとパソコンと向き合う。いっそ何かの祈りのように。
『静寂の中心で』
こちらに気づかないまま、君が通り過ぎる。足早なあいつに歩幅を合わせ。僕の見たこともない顔をして。
乾いた心に吹きすさぶ風が、心の森に火を呼び覚ます。次第に明るく燃える葉を、なすすべもなく僕は眺めた。
『燃える葉』
ㅤ外に出た途端、君は空を指さした。
ㅤその先には大きな丸い衛星。
ㅤなんかいつもより、近くにある気がする。
ㅤ長い映画を観たあとみたいな顔で君が呟いた。
ㅤ首筋に残る紅い跡を月が照らしている。
『moonlight』
ㅤ声を聞いているうちに、涙が溢れてきた。震える声を気づかれても良かった。今更良いとこだけ見せるなんて出来ないもんね。
ㅤ誰しもそれぞれの正義を振りかざして、ただ幸せになりたいだけなんだってようやく分かった気がする。誰も悪くない。だからこそ、私はこんなにも辛かったんだ。
ㅤ大丈夫。いま君は誰かのものだってちゃんと知ってるから。誰よりも君に聞いてほしいと思ったんだ。弱音、今日だけ許してよ。
『今日だけ許して』